手紙を読み終えてから「I WISH」を歌い出す前、歩みを進めてゆっくりと光の海を見渡す目には何が映っていたのだろうか。それは映像に残らない色。恋ぴんくは恋ぴんくでもこの瞬間しか見えない光。言葉になるほどはっきりしなくて思い出にしかならない思い。そんな景色を目に焼き付けた。そしてこの場所でしか思い出せないことがある。空間移動が失われたタイムマシンのように、ぴったり同じこの場所でしか。あるいは横浜アリーナというタイムカプセルこの場所でしか。
ひとりぼっちで少し退屈な夜…そんな夜がたしかにあった。13年前、この場所で。失意の中でエッグをやめる決意をしつつ天空席にいた少女。大人びてはいたけれど、今思えばまだ少女。見つめていたのはあこがれの人、亀井えりりん。そのときの自分自身を、いわばもうひとりのみずきを光の中に探していたのかもしれない。コロナ禍でやっと人間になったのだから、誰もが一度はするような自分を探すそんな時間もなかったのだろう。それとも自分探しもできないようではモーニング娘。になんてなれないだろうか。誰かと話するの怖い日もある…そんな日が本当にあって、でも勇気を持って話すわ…そんな決意も本当にあった。誰よりも私が私を知ってるから…自分を信じることもまた。
「僕がもう一人いたら」ここでもう一人の自分が出てくるのは、卒業を決心することで見える景色が変わってくるから。いつも見ているはずの空が、意識もしない日常が、そして自分を取り巻く世界が、決心ひとつで変わることがある。「ほらいつもと同じ道だってなんか見つけよう」というのも、同じ道が同じに見えないときがあるから。今まで見ていた自分ではない、まるでもう一人の自分がいるように。
オーディションに受かろうが受かるまいが、誰がなんと言おうとあのときのみずきちゃんは輝いていて、彼女自身が気付いていなかったとしても実際に光を浴びた者がここにいる。それでもデビューできないのならそれはもはや選ぶ方の問題で、エッグはそんな子ばかりだった。その光がいま届く。13年前だからその距離は13光年。あの日の自分にかけてあげたい言葉はなんですか?その言葉を伝えるために天空席へ呼びかける。モーニング娘。を卒業しようとする自分から、モーニング娘。になることをまだ知らない自分へと。譜久村降りといで。
家族よりも一緒にいたモーニング娘。だから、できた時間は自分と家族に。失われてはいないし取り戻しもしない、そんな時間を家族と一緒に。寝ながらなんでもできるので年末年始の大計画もきっと寝ながらできるはず。落選を知って推しを見送って髪を切って1月2日を迎えるまでを今はじめてゆっくりと振り返れる。全ていつか納得できるさ…そのいつかが今になる。あの日の自分へ伝えたいことはもうすでに歌にあった。歌うことで伝わっていた。人生ってすばらしいって。