2006年11月28日

「胸さわぎ スカーレット」にまつわる逆行思考


「kindai」1月号の表紙裏にある「スカーレット」の広告には、右下にテニスボールのロゴがあって小さい文字でこう書かれている。

Berryz Tennis Academy since 7 2004

いつの間にこんなテニススクールが。それも2004年の7月から。この時期との接点を探るとすれば「1st超ベリーズ」の発売された月であり、そのジャケ写でも今回と同じようにスポーツのユニフォーム姿だった。

1st.jpg

清水・須藤は野球、夏焼・徳永はバスケ、熊井・舞波は制服(帰宅部?)、そして菅谷と嗣永はテニス。

テニスという共通点からテキトーにこじつけただけかもしれないし、「7」の数字がひときわ大きいのは「7人」を暗示するのかもしれない。なぜテニスなのか?なぜわざわざテニスアカデミーなんて開校するのか?

ぼんやりと推測できるのは1stアルバムのジャケ写とつながりがあるんじゃないかということで、いつも前だけ向いて「突っ走って」いるはずのBerryz工房にあって、B.T.A.の存在は向けるべき目を過去へと誘導させる。

それはBerryz工房にとってリセットボタンのスイッチONだった10.2を飛び越えて舞波のいた過去へと時間を逆行することになる。これ以上遡ってはいけないはずの10.2を越えて。

さらに「kindai」表紙で徳永・須藤が前列に出て、夏焼・菅谷が後列に回っているのも通常とは逆の配置。あるいは何らかの価値基準の転換?軸となる中列は、それでも変わらない不変の象徴?

一人に一ページを割く記事内容も、すぐに前例を思い出せないので過去と比較することはできないけど、その順番に注目してみると公式サイトのメンバー紹介ページに見るような年長者からではなく、最年少の菅谷から始まり遅く生まれた順に最年長の清水で終わっている。ジャケ写の配列に照らすなら1トップの嗣永が最後から2番目とかはありえない(とか言って過去にこんな例があったりして。kindai編集部の気まぐれとかもありうるし)。

B.T.A.にみる過去への回帰、配列にみる前後の転換、記事の順番にみる長幼の逆転から推察するに「胸さわぎ スカーレット」は通常とは逆行する思考で貫かれている。それが何を意味するのかはまだわからないし、今後わかる保証もないけど。

歌詞を見ても過去に遡る思考なんて見受けられないし、まだ発売されてもいないので、あくまでも今の段階で広告と一雑誌記事についての戯れということで。これから冬なのに「春紅の」というのは逆行というより先取りですね。つんくの常套手段。

カップリング「あいたいけど…」はAKBのメジャーデビューシングルに対する強烈なアンチテーゼだったりはしないよね。
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2006年11月27日

みそラーメンをめぐる思い出


「kindai」1月号での梨沙子の好きな食べ物「みそラーメン」から懐かしい思い出を。2005年8月9日、大阪での「ハロプロやねん」公録。

食べるのが一番早いのは?

夏焼「最初まあさだと思ってたけど桃が早い」
嗣永「舞波はみんなで一緒にいただきますって食べ始めて一番片付けるのが早い」
夏焼「でも全部食べてないよ」
舞波「嫌いなものいっぱいあります」

熊井「ラーメン食べるのは梨沙子と舞波が早い」
菅谷「みそラーメンが好き」
舞波「なんでも大丈夫」

この前日、CBCの公録で「名古屋といえば?」に「みそカツ」と答えたのは夏焼。梨沙子は「天むす」。舞波は「しゃちほこ」。

○○ラーメンといえば?

徳永・熊井「みそーっ!!」
熊井「やっぱみそラーメンだよね」
徳永「冬はやっぱりみそラーメンだよね」
熊井「そう、冬に限らずみそだよ」

っていうのはつい先週。
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「B.L.T.」2006年12月号(2006/10/24)


先月発売のB.L.T.をようやく買って、当初は「As ONE」がメジャーデビューシングルだったことを初めて知りました。「ONE」には「first」の意味もあったのか。

めぐが載っている最後の雑誌。即抱きPVのバスケユニ衣装のめぐは、未だにあのつまむようなペンの持ち方が直っていなくて、江ノ島の海に叫んだ「鉛筆の持ち方を直す」という今年の目標はついに果たされないままに姿を消してしまった。

ちなみにちょっと苦しいけど、℃-uteから「M」をイニシャルに持つ三人を除くと

Arihara
Suzuki

Okai
Nakajima
Erika

「As ONE」。


べりっこはゲキハロのレッスン風景。終わってから見てもしょうがないんだけど。取材を意識してかみんなツアーT着用。

まるごと…嗣永・須藤
にょき……清水・熊井・菅谷
神宮花火…徳永
自分の……夏焼

ねぇ、スイッチONは着ないの?スイッチONは。
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春ベリのスカーレット?



「ザ とっくまブラックガールズ」の素晴らしすぎる放送を何度も聴いてる行きがかり上、スカーレットもついでに聴いてみる。

音楽のことは全然わからないけど、自分の中に刷り込まれた漠然としたイメージからすれば、なんかこの曲80年代っぽいなぁといつにもまして思うのです。

いかに80年代から脱するかではなくて、いつまでも80年代にいつづけることでしかアイドルは生きていけないのではないか。80年代は過渡的な一時期なのではなく、アイドルとはそもそも80年代的なものなのではないか。少なくともベリの曲に関してはそう思ったり。80年代とは何かって言われてもよくわかってるわけじゃないんですけどね。感覚として。

80年代風の曲を、その時には存在していなかった90年代生まれのBerryz工房が歌うというギャップをつんくは楽しんでるだけなんだろうな。


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2006年11月26日

円満な卒業とはこういうことか


なにこの双方納得した感じの卒業は。

カントリー娘。は既にりんねがいなくなった時点で終わっていたと思うから「ふーん」て感じだけど、コメントを読んでわかるのは、明らかに本人が書いているらしいということ。つい最近あった脱退劇とは大違いだ。

代表取締役名でコメントなんか出しやがって人事異動の発表みたいだ。案外、系列会社に就職したりするんじゃないか?つんくはめぐについても何かコメントしろよ。そっちの方がロックだろ?



【追記】

文化放送前でのイベントでみうなの名を挙げていたナッキー。

みうな→静岡→ミカン

そうか!そういうことだったのかよナッキー。みうなの夢はきっとミカン農家で、いっぱいミカンをもらおうとか考えていたな?愛媛とか和歌山出身のメンバーがいたら激しく食いついていきそうだ。
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2006年11月25日

人生にくじけるというよりむしろくじく


やっぱりアイドルは人生にくじけた人のためにあると思う。充分くじけてると思ってたけどまだまだくじけ足りなかったみたいだ。明日もがんばってくじけよう。

ニートだった時より仕事をしてる今の方がくじけた感があるのはどうしてなんでしょう。
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「kindai」2007年1月号(2006/11/22)


回収になった「小学六年生」以来でしょうか。べりっこが表紙を飾るのは。メロンや飯田(単独)を起用するなどハロプロに関してはマイナーどころを攻めてくる「kindai」といえどもこれは事件ですよね。

しかもメンバーの配置が今までに一度も見たことのない徳永・須藤の2トップ。さらに夏焼・菅谷が最後列へ。中列はそのままに前列と後列が入れ替わっている。誰がどんなふうに配置を決めてるのか知る由もないけど、きっと心の中ではガッツポーズをして前へ出るちなまぁと、黙ってそれを見つめる前列の、一瞬言葉のない空間がちょっと思い浮かぶ。

コメントをする職務上の必要からキャプが前列へ出ることはたびたびあったけど、この二人はまさに後列中の後列。舞波もいたら前に出ていたんだろうか。後ろに来た梨沙子と仲良く写ってる舞波もいいな。う〜む。

幻と消えた℃-uteのガチンコ身長対決の代わりとなるべく、べりっこの誌上身長対決が熱い。

ついに「150p」を宣言するキャプ。ただ「150p」とだけ書くところに達成感と自信を感じる。清水佐紀の歴史においてこれは一大事だ。しかも15歳の誕生日に雑誌が発売とかできすぎ。

一方抜かれた嗣永は「この前測った時は149.8pでした」と「今は150あるかもしれませんよ」とでも言いたげな含みのある表現で負けを認めない。ただし悪あがきすればするほどおいしいことをきっと知っている。

身長というキャプのアイデンティティが崩壊することによって新たなパワーバランスが構築されるのか。嗣永は新たなアイデンティティを手に入れるのか。

大台を突破した挙句、台から降ろされた友理奈は未だ止まる気配なく174p。もうあれだ「8月3日は8と3でハチミツでプーさんでくまだからすごい」とか言ってたから183まで伸びちゃえ。

あとはまあさにサラッと抜かれてたのが悲しかったです。だいぶ前から見上げて握手をしていたんだけどね。
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2006年11月24日

「背伸びをしてるわけじゃないのに胸が痛い」

dainasi-yulina.bmp

この歌詞を友理奈に奉げよう。
いや、決して嫌がらせとかではなく。

気にしてないはずはないであろう友理奈の乙女心を文字通り台無しにしやがって。なんてね。

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「Berryz工房 起立!礼!着席!」 #138(2006/11/21)


ラジオではテレビや雑誌では決して見れないものを聴くことができる。二人だけの番組で聴きたいのは、優等生でないキャプテン。お父さんに怒って家の扉を思いっきり閉めるキャプテン。学校が嫌いなキャプテン。そしてキャプテンではない清水佐紀。

それを差し引いても、甘えて赤ちゃん言葉を使うキャプはちょっと意外だった。何かの特典映像だったか、ももちがキャプを膝に乗せて「バブー」とかやってた時には「バカにすんなよ」みたいな感じで軽くあしらってたのに。これはなんだ、雅ちゃんだけにってことか?キャプテンとして話してる時とは違うトーンの声が確かに聴けた。

「男性のかわいいと思う瞬間」について迷走する雅ちゃん。「ん〜お〜」「あ、そっかぁって感じ」とか話したいことはわかるようなわからないようなだけど、そんなまとまらない話ができるのもおバカちゃんズならではの空間だと思う。僕もBerryz工房のどこがかわいいかと聞かれたらたぶん一言では表せない。

この二人はべったりでもなく離れすぎてもなく、とてもフラットな感じがした。それを「普通」というとまた雅ちゃんには良くない言い方になっちゃうけど。

これまでは全て前列と後列の組み合わせ。よって梨沙子と組むのは間隔からすればまあさだと予想されるけど、やはりここは意外な組み合わせとしてももちで。内心桃子をちょっと下に見てるっぽい梨沙子の本音を(もしあるなら)聴いてみたい。
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2006年11月23日

さきはとうきようたわあにいたけどめぐはどこにもいなかった


当然めぐはもういないことになっている。ただステージ下のプレゼントボックスには「村上愛様」宛のものがあって、舞波ヲタとしてはこの人がどういう心境で今日のイベントに臨んだのか少しはわかるような気がした。

脱退直後からみんなめぐのことさっぱり忘れすぎだと思っていたけど(それはヲタとしての防衛反応であると思う)、こういう人もいると知ってなんか安心した気分。本当はみんなそんなに簡単には忘れられないでしょ?

前回は寸劇ではない場面でたしかめぐが千聖のことをチッサーと呼んでいて、あってないようなオフィシャルニックネーム「ちっぺ」がいまいちな中で、役名を離れて定着していくかと思っていたけどそれももう叶わない。

特別企画としてステージにイスを8つ置いてそれぞれメンバーが座り、余った1つのイスを片付けるかどうか延々と話し合う実験的演劇みたいのとか見たかったけどそれは絶対ないですね。

それにしてもああいう写真が出た直後にそれには触れずに引退しちゃうって本当に最悪の辞め方でさ、めぐならあの件をネタにして続けていけると思うんだけどなぁ。ちょっと遅れてきたりしたら「あれ?彼氏のトコ行ってたの?」とか雨が降ってきたら「相合傘すれば?」とかいじめたり。「もう見つかんな!」とか調子に乗った栞菜にだけめぐがキレたりして。

でもやっぱりあれはアイドルの最大の裏切り行為だから許されないことなのかもしれない。僕はめぐが「ゴメン」と謝ってきたら即許すけれど。それだけめぐは必要だったのに。
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2006年11月22日

2006/11/19 【℃-ute応援企画 第7弾!(1回目)】 ラフォーレミュージアム六本木


チッサー犬の写真とかホントに出しやがって!喜んで買ってやろうじゃないか。でも写真に役名が入るとか、手書きならともかくあれは要らないですよね。むしろない方がいい。この調子で来月は愛理のカッパのパジャマ写真を半袖ver.と長袖ver.でお願いします。

登場時はアルバムジャケ写の制服姿。髪留め等もみんな白(もしくはシルバー)か黒で統一されていて、足元は確認できなかったけどツートーンでまとめられているのが鮮やか。…めぐが好きだった色使いじゃん…。

サーキットUには参加していないので「かみかみクイーン」決定の経緯はよくわからないんだけど、何が何でも舞美に決まってしまうあのイジられっぷりは紛れもなくめぐを受け継いだものだ。舞美とナッキーが務めた司会も本来ならめぐのポジション。梅さんがすっ飛ばされてる気がするけど、年長組にめぐの役割が振り分けられているのがよくわかった。ナッキーが上から三番目か…。

岡井ちゃんが髪を切って顔の輪郭がはっきりしたせいか、ふっくらとしてきた印象。握手の時に間近で見てみても、「即抱き」の肩を出した衣装から覗く胸元が肉感にあふれる。女の子になってきたなぁ…。岡井少年の面影がだんだんと薄れていく。胸なんか愛理より大きい。チッサー犬の肉球もすごいんだろうな。

握手会では本当は「めぐの分までがんばって」と言いたかったんだけど、ちょっとその名前を出せる雰囲気じゃないかなと思ってただ「がんばって」にしてしまった。がんばってる人にがんばってと言うのも無意味かもしれないけど、今はただ本当にがんばってほしいと思うから。

ナッキーには「がんばってケロ」と言ってみた。「ありがとうございます、ケロ」と言ってくれたけど最初の「ありがとうございます」はおそらく惰性で、一拍置いて軽く付け加えるようにアクセント薄く「ケロ」って言ってくれた。「、」には「あ?ケロ?はいはい、言えばいいんでしょ。わかりましたよ」的なニュアンスが込められています。でもそれがイヤなわけじゃないんだよ。少しつらそうでいて突き刺すような目線はナッキーらしくて好きです。なにより自分のためだけの「ケロ」が聞けただけでそれは幸せです。亡くなった方もいるから軽々しく言ってはいけないんだけど 「グリーンケロケロ」はやっぱり気になる。

栞菜には「身長伸びた?」って聞いてみたけどたしか「ハイ」って言ってたと思う。

VTRでは寸劇の読み合わせをしていて、セリフをかんだ梅さんに栞菜が大ウケして自分の足を何度も叩いてたシーンはもちろん撮られている意識はあるんだろうけど、栞菜の素らしくて貴重だった。あぐらの梅さんカッコイイです。

ダンスレッスン風景のVTRもあって、もうこれをこのままDVD化しちゃえばいいんじゃないかと思う。それを見てヲタも振りコピすれば、一緒に練習してる気分になれるんじゃないかと。

プロの演者としては完成したものを客に見せるのが当たり前なのかもしれないけど、アイドルに関してはこちらは必ずしも完璧を求めていないっていうところはありますよね。

イベント全体の印象としては、ちょうど去年の今ごろベリがパシイベをやってて「こんな内向きのイベントやってる場合じゃない」って言われてて、そこまでではないけどそれと似たような感じかな。

最初に舞美が「初めてきた人でも楽しめる」って言ってたけど、かなりリピーターを意識した作りになっていて℃-uteも閉じてきたのかという思いにとらわれる。もちろんそれは次も来てもらうための戦略でもあるんだけど、サーキットUに一度も参加していない自分としては、疎外感とはいかないまでもちょっと置き去りにされた感はあるかも。まぁ行けってことか。

作りに徹しているというか、ネタに走っているというかそんな気がして、もっとメンバーの素の部分が欲しかった。最近のマイブームとか好きな食べ物の話とかでいいから。ベリのファンの集いといい、こういうイベントはこういうものなのかな。

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大きな暇をもてあまして


夏夏が始まったころに「仕事辞めました」って言ってから三ヶ月あまり、実は先週末から働き始めております。その間何をしてたのかっていうとこれはもうニートですね。

さわやかな朝、職場(学校)に向かう途中で誰もが一度は「このままどっか行きたいな」って思ったことがあると思いますがそれが実際にできる生活です。

見えない精神的重圧に耐えることができるならばこんなにも楽しい生活はない。みんな一度はニートになるべき!そう言ってるのはたぶんニートになった人だけだと思いますが。

ニートになって気付くことはたくさんあります。「9月10日が℃-uteの日ならば2月10日はニートの日じゃないか?」とか。

最低限度でも単に生きていくだけならヤフオクがあればなんとかなる。でもヲタをやっていく上ではどうしても金が必要ですね。

この夏以来買ったグッズといえば梨沙子の写真集とゲキハロのパンフレット、℃-uteのCD・DVD。あとはFCイベの振り込みぐらい。夏ハロのDVDも夏夏のDVDもライブ写真集やらなんやらも買ってないのがいっぱい。何を買ってないのかもう忘れてきてる。写真なんかオールスルー。サーキットUに関しては一枚だけ買ってハズレ。そう何枚も買えないって。

それでも「金をつぎ込めなければヲタじゃない」わけではないのは実体験としてわかったつもり。あるならつぎ込みたいのはヤマヤマなんですが。奇跡的に自力でとったゲキハロチケットを売れば余裕で年は越せそうな勢いだったんですけど、さすがにそれはできなかった。

先の見えない不安よりは働くという行為から解放された素敵なEVERYDAY YEAH!日曜日でした。「何やればいいのー!自由って!」という悲痛な叫びは微塵もなかったなぁ。

というわけで、更新頻度は激減すると思います。仕事したくないよー。
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2006年11月20日

舞波の誕生日に 〜辞めた舞波のメタ舞波〜


辞めた時は12歳だった舞波ももう14歳。半年もすれば受験生じゃないか。らっせーらーらっせらっせ。

いつも思い浮かべる舞波はあの時のまま止まっていて、もうこんなに時間が経てば舞波もいろいろ変わっていると思う。

偶像化されたアイドル石村舞波をさらに偶像化していて、いま自分の中にいるのは現実とは遠くかけ離れた舞波。

ボルネオ南部のある部族では「霊魂の霊魂」という考えが存在するのだという。人が死んだら「肉体」と「霊魂」に分かれるという考えは納得できると思うけど、その「霊魂」がさらに「霊魂の肉体」と「霊魂の霊魂」に分かれる。こういうのをメタっていうんだろうか。

アイドルがアイドルを演じる月島きらり/久住小春はメタアイドルか。きらりを演じる小春ではなくきらりそのものとして出演している時に感じた凄さはメタ的な高次から伝わってくるものだったということか。

そうすると僕が今舞波舞波言ってる舞波はメタ舞波であって、それとは別にBerryz工房としての舞波が(過去に)いて、さらに普通の中学生としての舞波は誕生日ケーキのイチゴを楽しみにしながら今日も元気に学校へ行っているのだろうか。

舞波がいた時が自分にとってヲタとしてのピーク、いや人生のピークだったかもしれない。でも例えそうでもいいやと思えるくらい僕はまだ舞波のこと好きだよ。相変わらずこの世界にはいるけど、舞波以外の誰か一人を推すことなんてまだできない。

Happy fourteen!
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2006年11月19日

かの人の四十九日忍びて


前述のように舞波の卒業を「死」と捉えれば、10月2日から数えて今日19日はちょうど四十九日に当たるわけです。

四十九日のその日までは魂が屋根の内にとどまっており、この日以降肉体も魂も完全に死者となる。いわば舞波は一度完全に死に、そしてその翌日、誕生日を迎えることで普通の中学生として新たなる再生を遂げるというでき過ぎた死と再生のストーリー。
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舞波と栞菜の対応関係からキッズの解体を考える


めぐ脱退の報に接するまで最近よく考えていたのは「Berryz工房における舞波」と「℃-uteにおける栞菜」の対応関係。

人生儀礼と言われるものの中で、葬送儀礼と産育儀礼が様々な場面で対応していることが明らかになっている。例えば生まれてから七日目の「お七夜」と死んでから七日目の「初七日」。他にも産飯と枕飯、産湯と湯灌など。それらに共通するのは魂の安定を図ることだという。体だけでこの世に生まれてきた赤子に魂の定着を願い、また体と分離してさまよう魂の成仏を願う。

このように葬送と産育が同じ過程を辿るということの根底には、人生とはおよそ直線で表せる一本道ではなく円のように誕生と死を繰り返す輪廻転生にも似たものと捉える思考があるのだと思う。

その対応関係を舞波と栞菜にも当てはめてみれば、すなわち舞波の卒業は葬送儀礼、栞菜の加入は産育儀礼だと見なすことができる。そしてそれぞれに卒業・加入の「告知」という儀礼があり、卒業(10月2日)から加入告知(1月2日)までのちょうど三ヶ月間は生まれ変わるための準備期間と言えようか。

こうして栞菜が異物として混入されることによってキッズという枠組は解体され、Berryz工房と℃-uteに改まったという大きな筋書きが描けるのではないかという、結局未完成に終わった構想。

一つ付け加えるとすれば「ハロー!プロジェクト・キッズ」として表記されたのは知る限りでは昨年松浦のバックダンサーで出演した紅白(センターに出ようとした桃子をマイマイが遮る?やつですね)で、それ以降は見ていないような気がする。周知の通りその二日後には栞菜の加入が発表されるので、キッズとしての活動はこれが最期だったのかもしれない。

そもそもの発端は舞波が欠けたベリに追加はなく、何も欠けてはいないはずの℃-uteに追加があるということを一体どのように理解すればよいのかという、どうでもいいような、しかし考えればキリがない問題があったわけです。

舞波なんか欠けたうちに入らないんだ(実際にょきにょきでそう感じた)とか℃-uteはもとから不完全であったとかいろんな理屈付けが可能な中で、ベリと℃-uteに分けて考えるのではなく、広くキッズとして見た時にその枠組が解体される過程を描けるんじゃないかと目論んだわけです。

また、これとは別に舞波と栞菜の間には逆対応する二項をいくつか見出すこともできる。「舞波」「栞菜」の順に書くとまずはもちろん「キッズ」と「エッグ」だということ。そして「8人→7人」と「7人→8人」という人数の変化、「自らの意思」と「会社の意志」。

さらにそれぞれの「告知」時にリーダー(キャプテン)の位置に何らかの影響を与えているということ。舞波の卒業発表時にはその日の夜公演終盤にキャプテンが一時出てこなかったという「リーダー職の不在」を招き、栞菜の加入発表時にはアナウンスの必要上からそれまで明らかにされていなかった℃-uteのリーダーが判明し「リーダー職が顕在」化した。

…と言ったところで特にこのあと結論はないんだけども、試みようとしたのはこのように逆変換できる二項は得てして同じ構造を有しているということ。売り出しの戦略上、差異化を図らなければならないのは当然なんだけど、何もかも違うように見えて実はそこに通底するものは同じなんじゃないかっていうひとつの推論です。

もっともそれもめぐの脱退によってまた別の意味付けが必要になってくるようなので、未完成(=自分でも書いててよくわからん)であった構想をそのままぶちまけた次第です。めぐの件はそれはそれでまた新たな構造を発見する契機とするべくとりあえずしばらくは事の成り行きを見守ろうかなと思います。
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【江戸から着信!?】 本当の主題は何か?


べりっこががんばって演技して生歌を唄うだけそれはもう充分幸せなんだけど、あえてストーリーにこだわってみると終始スッキリしない感が拭いきれない。

一つはパラレルワールドの存在。これまで必死でななとさくらを探してきた母親たちが一転ケロッとしているのは終わり方としてはとても唐突。

ななとさくらが「いなくなった世界」と「戻ってきた世界」は明らかに違っていて、ストーリーはずっと前者で進行していながら突然置き去りにされて後者の世界になって終わる。

パラレルワールドとして存在するべき前者の「いなくなった世界」のことを考えてみると、ななとさくらは後者の世界に戻ったことによって前者の世界にはもう永遠に帰ってこないわけで、それは何も解決していないと言ってもよい残酷な世界となる。いや、後者の世界のななとさくらが実は前者の世界に飛んでいてそっちはそっちでハッピーエンドを迎えるとか…。そもそもパラレルワールドなんて考える必要はないのか?…それはそうかもしれない。うーんスッキリしない。

もう一つは「なぜ父親は戻れなかったのか?」ということ。父親が戻ってハッピーエンドじゃダメなのか?時間を超えた夫婦の絆の強さと見せて、それでも一緒にはなれないという別離の物語に見えてしまう。異世界に長くいすぎると元の世界に戻れなくなってしまうってことか?

父親は江戸にいて母親は現代にいるということから、江戸を父性、現代を母性として象徴できる何かがあるのか?

ななとさくらから見れば、いったんは父親の元へ行くが結局は母の元へ戻る。父親の欠如のわりには二人にはそれを求める気配もない。父親は必ずしも必要ではない、単に夢の世界の住人になってしまっている。

夫が死んだ妻を追いかけていき結局戻ってくるモチーフは、記紀の黄泉国をめぐるイザナギとイザナミに見ることができるけど、それと少し似てると言えなくもない。という気がしないでもない。

父親が残した手紙の中で「日本人として」「美しい日本」といきなり国家論になるのも、それまで外国の話なんか出てなかっただけにちょっと違和感があった。江戸を鑑にして現代を考えるということなんだろうけど。
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【江戸から着信!?】 現代が平成17年であること 


劇中でいう「現代」は平成17年であるらしい。「現在」の18年ではなく。

ななとさくらが現代に帰ってきた時に「平成17年」と言ってるのを聞いて「一年間違えて戻ってきた」のかと思った。つまり平成18年から江戸に飛んだ二人は平成17年に戻ってきてしまったという。

そして平成17年に本来いるべきななとさくらもまたどこかの時代へタイムスリップしていて、それには誰も気付かずに日常が繰り返されるというちょっと意味を含んだ終わり方なのかも?と邪推してみたけど、どうやらそうではなくて最初から現代の設定は平成17年らしい。

でもそうするとこれまた細かいことなんだけど、明和三年は「240年前」じゃなくて「239年前」なんだよなぁ。
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【江戸から着信!?】 江戸から着信はきていない!?


劇中で通話・メールをするシーンを見てみると「江戸から着信」とは言いながら実際に江戸からは電話はかかってきてないような気がする。メールも広く着信と捉えればさくらが麻衣に江戸で撮った写メを送っていたはずだけど、これだけなんじゃないかと思う。

父親と母親がケータイで話してるシーンなんかは、舞台が明るくなったら既に通話していたと思うのでどっちからかけたのかはわからないし、全てのシーンをはっきり覚えてるわけではないのでDVD待ちということで。
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【江戸から着信!?】 タイムスリップ一覧


劇中の時間軸に沿って

現代→江戸 東左衛門(他2名、時期不明)
江戸→現代 まち・りん・和尚(江戸)
現代→江戸 まち・りん・和尚(江戸)・なな・さくら
江戸→現代 なな・さくら・和尚(江戸)
現代→江戸 和尚(現代) 

演劇の冒頭、実はまち・りん・和尚(江戸)の三人は江戸から現代へタイムスリップしてきており、舞台上を駆け抜けてすぐまた江戸へと戻る。

この時点で三人はいとも簡単に江戸−現代間を往復している。導入部分である必要上そうせざるをえなかったのだといえばそれまでなんだけど。
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2006年11月15日

「Berryz工房 起立!礼!着席!」 #137(2006/11/14)


いやぁ…すごいね。ゆりちな健在。

一から番組を作るというよりも、もうできあがったものがあってその一部を垣間見てるような感じ。ゆりちなの自然な空間に途中から入れてもらったような感覚。初披露の新曲に時間を割くのが惜しかったぐらい。この二人だけの空間を作ってくれたラジオというメディアにありがとうです。

周囲の期待を感じるとは言いながらも二人に気負った様子はなく、もう言葉では到底表せない友理奈声の「だってさ〜」とか、台本をしゃべろうとしていない自然さがにじみ出る、普通に話しているようなトーク。

「どっちのとっくまショー」ではおそらく二人は向かい合って座っていて、お互いに答えを言う唇を見つめている様子がありありとわかる。

小さい方のW(禁句)のように対照的な二人の組み合わせもコンビとしてアリだけど、この二人はどこまでも同質であることを追い求めていくことで面白くなっていく。

今週は次回の予告がなかったけど、ゆりちなはあまりにも期待を裏切らない王道のカップリングだったので、今度は意外な組み合わせでこれに匹敵するような番組を期待。

まだ出ていない三人のうち、夏焼×菅谷、夏焼×清水はカップリングとしてのイメージがあるのでここは菅谷×清水の最年長&最年少コンビで。
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