2006年12月30日

めぐは星になって℃-uteは虹になった


℃-uteはこれからもそれぞれの色を大事に、虹色に輝き続けます☆☆


「kindai」2月号、「最後に一言!」での舞美のコメント。

「℃-uteの魅力」という質問項目で

7人それぞれ違う個性を持っている!!
仲良しで、いつも7人で一緒にいる!!
7人で助け合える☆☆


というように何かと「7人」を強調していることからすれば、この虹もやはり「7人」の色を意味しているに違いない。7人の色を虹の7色に例える、これはめぐの存在は考慮されていないということ。めぐがいなくてもやっていくという決意。リーダーらしいコメントだと思う。

だからといってめぐの存在を抹消したわけではなくて、きっと虹の出ていない夜中にはめぐは星になって℃-uteを見守っている。昼間は虹が明るすぎて見えないだけ。


【追記】

めぐがいなくなって虹になったのだとしたら、星というより雨か。雨上がりの虹というわけなのか…。

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幻の身長対決がついに決着…


友理奈に続いて梅さんも170cmの大台に手が届いたとかで、今だに成長してたのかとちょっと驚きな「kindai」2月号なんですが、それよりも気になるのは栞菜の身長「153cm」。キャプの「150p」のようにこれには単なる数字以上の意味がある。

七夕の願い事、

「めぐの身長をぬかせますように」めぐ152cm かんな151cm


その後10月の応援企画第6弾での身長対決でも、
(「身長対決における栞菜の勝算」)

【第6弾での測定結果】

      村上 有原
1回目 152.3 151.6
2回目 152.0 151.5
3回目 151.8 151.4

とほぼ変わらない数字。あれから2ヵ月経って栞菜は153cmになった。つまりめぐを抜いたということだ。「めぐだって身長伸びてるんじゃないの?」と思われるかもしれないけど、その身長の伸びためぐは℃-uteのめぐじゃない。そんなめぐとは測定しようもないし。℃-uteのめぐはずっと152cmのままもう変わることはない。

「最後に栞菜が勝つのが最高のシナリオ」とか書いたけど結果的にそうなったようだ。シナリオとしては最悪だけど。

栞菜は果たしてそこまで意識してこの数字を書いているのか?本当のところはわからないし根拠もないけど「意識してないわけない」としか思えない。例え意識していても言えるわけがない。だからこそ数字の後ろにあるはずの栞菜の思いを汲んでみたい。

「153cm」と書く時に、栞菜は絶対152cmのめぐを思い出していたはずだ。
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2006年12月29日

夏夏ソロDVDの到着と鑑賞無期延期についてのお知らせ


未だに夏夏のDVDを見ていないということは、いま自分の頭に残っている夏夏ツアーは全て生で見た記憶ということになる。ホウキを持ってステージを駆け巡る梨沙子、口をキッと結んで踊る桃子、友理奈のすっぱそうなチュ!、三人祭のなまめかしい白い肌。あ、黒い肌も。

DVDをこれから何度も見ることによってその記憶が薄れていくのなら、いっそこのまま生で見た記憶だけを覚えていたいと思ったけれどやっぱり誘惑には逆らえない。生の記憶を忘れないためにこんな文章を書いてるんだから。

そんなことを言ってるうちにソロDVDが届いてしまった。セットでは買えずとりあえず高騰しそうな前列分だけ買っておいた4枚。まだ本編を見ていない(買ってもいない)からこれはしばらく封印。やっぱ総論のあとに各論でしょ。すべて見るのはいつになるのやら。

それもよりも前にちょうど1年前に買ったあのDVDをじっくり観る時間を作ろうかな。
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桜とBerryz工房 〜原点回帰のその先〜


春のSSAライブと全プレのCDにはいずれもタイトルに「桜」がつく。

・2007 桜満開 Berryz工房ライブ 〜この感動は二度とない瞬間である!〜
・「サクラハラクサ」
・「桜→入学式」

春ライブのタイトルに「桜」とか「入学式」というのはいかにもありきたりだし、メンバーも普通に考えつくものだ。

「Berryz工房が考えるツアータイトル」

夏焼…ピンク桜のように
熊井…Berryz学園〜ドキドキの入学式〜
嗣永…桜ヒラヒラお団子いっぱい
菅谷…タンポポ

「桜」へのこだわりは「夏」にこだわった夏夏のようなものなんだろうか。過去「まるごと」を除く単独ライブを振り返ってみれば、誰か一人に焦点が当てられている。

スイッチONでは舞波、にょきにょきでは友理奈、夏夏では夏焼。そしてそれぞれのタイトルからも焦点とされる一人が想定されているとすれば、今回の「桜」はやはり梨沙子を象徴していると見るべきだろうか。そう考えれば「桜→入学式」は昨年の友理奈がそうであったようにそのままストレートに解釈できる。

ただこの「誰か一人をフィーチャー」というのも回を追うごとにその度合いが低くなっているし、舞波はイレギュラー、夏焼に関してはこちら側の勝手な読み込み(だいたい根拠が「夏」という共通項と誕生日翌日のラストのみ)という感もあるので、向こうの意図によってフィーチャーされたと言えるのはにょきにょきの友理奈だけなのかもしれない。

「桜=梨沙子」ではないのだとすれば、Berryz工房にとって桜とは一体どういう意味を持つのだろうか。

「サクラハラクサ」。

サクラハナサク(桜花咲く)ならば意味が通るけれどそうではないし。「草原」をクサハラとは読んでも「原草」でハラクサとは言わないよな。むりやり読むなら「桜は楽さ」?

ここで一度このタイトルの意味を解釈することをやめてみよう。この文字自体は何の意味も持たない単なる羅列だと考える。

意味を求めずその形式だけに注目してみればこれは回文になっているのがわかる。始めから読んでも終わりから読んでも同じ。「サ」から始まる文章は「サ」へと戻る。最初に戻る。原点に帰る。B.T.A.よりもっと前の原点へ。ではそのBerryz工房の原点とは?

そう、デビューの時「あななし」PVで降り立ったSSA。そこに今戻ってくる。

「いつかはここで」と誰もが思ったあの場所に本当に立つことができる。僕は恥ずかしながら本当にこんな日が来るとは全く思っていなかった。「スカーレット」の逆行する思考 (「『胸さわぎ スカーレット』にまつわる逆行思考」) はこの原点へと向かっていたのだ。衣装やダンスがどことなく「あななし」に似ているのもこの回帰現象に根ざしている。

原点へ戻ったあとBerryz工房はどこへ行くのか?それはちゃんと→印で示されている。「桜→入学式」。入学、はじまり。Berryz工房は終わりじゃない。ここからまた始まるんだ。それが新メンバーの入学式である可能性はあるにしても。

あるいはこの7文字はこれまでのBerryz工房の歴史を表している。ちょうど真ん中にある「ハ」はBerryz工房の転換点、舞波の卒業。デビューから1年7ヶ月で卒業し、それから1年6ヶ月。4月1日時点でのBerryz工房の歴史のほぼ中間に舞波の卒業が位置する。舞波の「ハ」。Berryz工房で「ハ」の字を持つのは舞波しかいないし、カタカナの「ハ」を漢数字の「八」と見ればそれは即ち「8人」の象徴じゃないか。

だいたいこんなわかりやすい展開で解散なんかしない。悲しいお知らせはいつも突然やってきて僕を真っ白にさせるって決まってるから。

…ただ一つ不安なのは、僕の予測はまず当たらないということ。

「蝉」論 で述べたように曲世界が非日常のちょうど真ん中に位置するのだとしたら、スイッチONで歌われた「蝉」は春ライブでの解散を暗示していることになる。

しかしそれは巨視的な考え方で、「いやあれはセットリストのちょうど真ん中という意味なんだ」とミクロに考えることもできる。うん、そうしておこう。
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死ぬためにも生きるし生きるためにも死ぬ


イベントが始まる直前、少し鬱になる気持ちってわかりますか?

普通ならイベやコンサが近づくにつれてだんだん楽しくなってくるものだと思う。僕ももちろんその日を楽しみにしてるんだけど、いざこれから始まるっていう時になるとなんか暗ぁくなってくるんですよ。

あとわずかで℃-uteがBerryz工房が目の前に現れる。それはものすごいことだと思う一方でこんなに幸せでいいんだろうかとか思ってしまう。こんなにも大きな幸せをつかむことが怖くなってしまう。

日常との落差が激しすぎるんですね。楽しすぎるのがわかってるから、その後がつらすぎるのもわかってしまう。だからってイベ見たくないわけじゃないですけど。

きっと僕はいったん死んでいる。そしてその直後に℃-uteやべりっこから新たなる生を与えてもらう。イベに行くたび死と再生を繰り返している。
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アイドルを見るために生きてるんじゃなくて、アイドルに生かされてるんだと気付いた


もしも℃-uteもベリも解散してメンバー全員がこの世界からいなくなったら、僕は晴れやかに死ぬことができるんじゃないか。それは決して悲観的になって死ぬことではなく、この世に何の未練もないまっさらな状態になることができるんじゃないかということです。

多くの人が死ぬ時はそうありたいと願っているはず。死ぬ時にそうであるかではなく、そうなったから死ぬというちょっと順番が逆なだけ。

もし死んでもそれは℃-uteやベリのせいで死に至ったのではなく、℃-uteやベリのおかげでその時まで生き長らえたのだと思ってください。

実際には舞波が本名で自己紹介サイトに登録とかしちゃう世の中だからそう簡単には死ねませんけどね。
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2006年12月27日

「Bye Bye またね」



「でっかい宇宙に愛がある」がそうであったようにこの曲も振り付けに手話を用いている。音によって伝える歌とは違い、手話は動作によるコミュニケーションで、それによって声では伝わらないものが伝わる。例えば涙で声にならなかった時とか。

「また会いたい」

そう繰り返される歌詞は、もう会うことがないと感づいているからこそ余計に胸に響く。

「笑顔でも涙顔 私です」

と歌う千奈美は本当に笑顔だけど涙顔になっていた。

「Bye Bye 私の贅沢なあなたとの時間」

紛れもなく「あなた」は舞波。会場にいたヲタ全員、メンバー全員がそう認めてくれていたと思う。Berryz工房の曲がこれほどまでに誰か一人だけのために歌われたことはあっただろうか。舞波の幸せ者め。

平凡で鈍感な、いやむしろそれ以下だったかもしれない舞波のために歌われてからもう1年2ヶ月。これ以上ない別れの曲がベリフェス冬の終わり際にさりげなくまた流れてくる。

思えばこれは10.2を最後に公式の場で聴かれることはなかった。あの日の中でも最後の2曲、「ベリフィ」と「Bye Bye またね」はやっぱり特別でどうしてもあの時の思いがまとわりつくものだった。

そんな中「ベリフィ」はにょきにょきで早々に使われて余計な思惑の付け入る隙をシャットアウトされていた。

「ねえ 去年よりもいい感じでしょ」

舞波の不在を微塵も感じさせないためにはこの曲は歌われるべくして歌われたのかもしれない。

一方で「Bye Bye またね」はもう1年以上もライブやイベントで聴くことはなく、個人的にも気軽に聴ける曲ではなくなり、このまま封印されてもおかしくはない状況だった。

歌うことで、ではなく歌わないことで意味を持ってきてしまう曲もある。この1年の空白でそういう言外の意味を持ちつつあったこの曲が、舞波なんか誰も思い出さないイベントでただ単にイベントの終わりの曲としてそれ以上の意味は持たずに流されたことで、この曲に付与されたマイナスのイメージから解放(といってもそれはもちろん忘れることじゃなく)されたようなそんな気がした。それはめぐの引退を通じて舞波の卒業を肯定的に捉えられるようになったことも影響していると思う。

今度聴く時は誰かが卒業する時か…。そんなふうに思っていたけど、「Bye Bye」という別離から一歩進んで「またね」という再会(あるいは前を向くこと)への希望がちょっとだけ見えたかもしれない、冬の夕暮れのリングサイドの走馬灯でした。

あいたいけど…わがままは言わない、とまでは言えない微妙な気持ち。こんなに時間がたっても「明日はもっと大好き」だから。
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2006年12月25日

バスツアー!バスツアー!


愛知に1泊2日って「愛・地球博パートナーシップ事業」からのお付き合い的な匂いがするけど、だとしたら千奈美とモリゾウ(モリゾーではない)の再会、これは欠かせないでしょ。

「※運動を伴うイベントを行なう場合もございます。」

わぁ〜運動ってなんだろう?まさかアレ?伝説の二人三脚やっちゃう?握手なんか今までになく緩いんだろうなぁ。もう全員にがっついちゃうぞ。あ〜なんて言おうかな。

記念撮影会ってあれでしょ?べりっこが並んでる中に入っていって写真撮ってもらうんでしょ?あ〜ポーズは何にしようかなー。やっぱスカーレットのキメの裏ピースかなぁ。そもそもポーズのリクエストはできるのかなー。というか携帯のカメラはよく使うけど自分が写真に収まるのなんて何年ぶりだっけか?ああそうだ糸魚川でWと撮って以来だ。

それであれでしょ。バスに突然べりっこが乗りこんできたりするんでしょ。ゲキハロの時だっけなぁ、雅ちゃんがバスガイドの役やりたいとか言ってたっけ。うわ〜本当に見れるってことか?

寝起きの不機嫌そうな熊井ちゃんとか見てみたいなぁ。ワクワク。「最近納豆食べてる?」とか気軽に話しかけちゃったりできるのかなぁ。ヤバい、考えてるだけで楽しい。

ドキドキイベントってなんだろう?ドキドキ。ワクワクイベントってなんだろう?ワクワク。もう楽しみすぎて夜しか寝れないよ(ベタですが)。

で、とりあえず今手元に申込み金の2万円すらないんだけど、どうしたらいいんだろ?つーか今から楽しみにしすぎてて抽選で外れたら僕はこの先どうやって生きていくの☆カナ?
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2006年12月24日

「あいたいけど…」


「会いたかった」ではなく「あいたいけど」。“青春”という今と“君”に会えるであろう少し先の未来ヘと眼差しが向けられた歌詞の世界。

そこへまるで時間を戻されるかのようにふっと現れる「過去」。

「今も過去も好きでいます」

もちろんここでの意味はあくまでも視点は現在にあって「今も過去も全部ひっくるめて君のことが好きだよ」ぐらいの意味なんだろうけど、「好き」の対象を舞波になぞらえるなら「過去も、そして今も」となって、前向きな歌詞の中でふいに現れる過去に心を奪われる。

だからというわけじゃないけどサビのユニゾンは卒業式で歌う合唱を聴いてるような感じがした。卒業式ってよく過去を振り返ったりするじゃないですか。

顔がかわいいからとか歌が好きだからというようなことはもうどうでもよくなってしまうくらいにBerryz工房に関わってきていると、実は本当に友達のような気さえしてくる。アイドルとファンの関係としては良くも悪くもかなり煮詰まった状況のように思う。

そんなBerryz工房にこの曲を200人も入らないような小劇場でアカペラで歌われたりしたらきっと泣いてしまう。「卒業の歌」と位置付けるにはあまりにも個人的な印象が過ぎるから、「卒業式みたいな歌」としておこう。

「青春 青春を謳歌しましょ」

舞波とかめぐとかあまりにもリアルな青春を見てきてしまったけど、それもまた一つの青春だし、Berryz工房にとっては今、ここが、青春なんだと信じている。全部青春だし。信じて悪い事ないし。

「会いたい時にすぐ会いたいけど 全部青春なのね」と歌う「タイムカプセル」を思い出し、対照的なところばかり見つけようとしてしまう自分を戒めるように、ふいに重なるBerryz工房の世界と℃-uteの世界。「会いたいけれど会わない青春」という同じ立ち位置にこの2曲はあると思う。

そう言えばタイムカプセルを埋めるのも卒業する時だなぁ。
posted by sleeping mizuki at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 【レビュー】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月23日

「Berryz工房 起立!礼!着席!」 #135(2006/12/12)


梨沙子の引き笑いが満載。

梨沙子はきっと千奈美以外とも対等に話してると言ったけど、ここではまあさママとりさちゃんベイビーという擬制的母子関係の中に身を置くことによって、少しだけ甘え気味になっているようにみえる。

それとも未熟な言動を見せると千奈美にバカにされるので、千奈美とは意識して対等に接するようにしているのだろうか。ちょっと背伸びをした梨沙子なのかもしれない。

とにかく梨沙子のあの引き笑いが随所に出てきて、心からリラックスした状態であることはわかる。一度シンデレライベで桃子が梨沙子の笑い方をマネしたことがあって、その時はムスッとしていたんだけど、もし気にしているのならなおさらこの放送が引き笑いだらけなのは梨沙子が楽しんでる証拠だ。

普段はまあさとどんなふうに話してるんだろう。

「サッカーってゆったもん!」

とムキになる梨沙子とか

「ホラやっぱりコワイ答えが返ってくる」

というまあさの言葉からは「対等」というよりはやはり「赤ちゃんとママ」に近いものを感じる。

須藤「それから梨沙子からずっとママって呼ばれてるんです、私。覚えてる?」
菅谷「覚えてない」

菅谷「違うんだよ!もう私わかんないんだよ!」


「もう」ってなんだよ。「もう」って。それだけ記憶もない頃から梨沙子はこの世界にいるっていうことか。「こんばんうっひー」の誕生が自分がきっかけだったってことも覚えてなかったしなぁ。これに続く

須藤「ウチねぇ、まあさねぇ、三歩歩くとねぇ、すぐ忘れちゃうんだよ」
菅谷「私一歩だもん」

須藤「なんかさ、ほら三歩歩くとさニワトリとか言うじゃん。何…?言うじゃん。あなた一歩だから何?梨沙子」
菅谷「一歩歩いて…一歩歩いて赤ちゃん」
須藤「あー!ウケる!面白い!」


というやり取りも何がウケるのかよくわからなかったんですけど、梨沙子が退行のごとく自分をおとしめているのがまあさとの関係らしくて良かったです。千奈美とだったら絶対対抗してると思う。

「算数」を「しゃんすう」とか言ったら、千奈美なら「しゃんすうだって!アハハハ!」とか言いそうなところを、忍び笑いにしてくれるのだからやっぱりまあさは優しいんだ。

そう、あれは川口で三輪車をこいだ後のことだった。

菅谷「しゃんりんしゃが…」
徳永「“しゃんりんしゃ”って言ったでしょ梨沙子(笑)」


語頭にくるサ音が「シャ」になってしまうというクセがあるのだろうか。少なくとも語頭の一音がはっきりと発音されないというのはあると思う。だから「すがぁさこです!」って聞こえる。舞波も同じで「いしむらまいは」の「い」がはっきりと発音されないからいつも「しむらまいは」って聞こえてた。

友理奈は小さいころ自分のことを「ゆりな」と言えずに「いーちゃん」って言ってたらしいけど、梨沙子は自分で「りしゃこ」って言ってたのかな。メンバー(たしかまあさ)にりしゃこって言われてたことはあったような気がする。

ちなみに梨沙子は「おうどん」と言っていた。「おーどん」ではなく「おうどん」と言っていた。

「残りのペアの放送も全部聴いて…」の「全部聴いて」が梨沙子特有の発音というか抑揚というか声の流れ(?)だと感じた。そこだけリズミカルというか、歌を歌っているようなと言ったら言い過ぎかな…。うーん、よくわからないけど。「大好きだも〜ん」も。

結論。

まあさママに飛びつきたい。



以前に「唯一の失策は前列×後列にこだわりすぎたこと」と書いたけど、見透かされたように次回は嗣永×夏焼の登場。

望んでいたのは「前列×前列」じゃなくて「後列×後列」なんだけど、まぁいいか。これでちょうど全員2回ずつ出演というわけか。
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2006年12月22日

2006/12/17 【Berryz工房フェスティバル〜2006 冬〜(3回目)】 新木場1stRING 感想編


プロレスのリングはふわふわするとかいう話だったけど、握手の時は常にふわふわしているのでそれがリングのせいだったのかどうかは全く覚えていない。

「もう大人だよね」

本当はもうとっくに大人だって知ってるけど、自らの意志に反してコドモ宣言をせざるをえなかったももちを慰める意味で言ってみた。実はコドモなのに「大人大人!」と言うのとは違って、「実はコドモ」を装って「大人!」と言ってることには気付いてる。「自らの意志に反してコドモ宣言をする」という設定なんだってことはわかってる。だけどここはあえてその設定に付き合って「ももちは大人だよ」と慰めてあげよう。そうすることで本当に慰められてるのは自分だけど。

「まあさママ大好きです!」

言っちまったよ。だって大好きだも〜ん。なんか苦笑いっぽい反応。まあさを引きつった笑顔にさせることに関しては天才的な僕のトークスキルですが、引きつる以外の至ってフツーの反応がうれしかった。

「いつもありがとう」

と声をかけた友理奈は少しかがんでこちらを覗きこんでくれて、自分の目の前のどのへんに友理奈の顔があったかはっきりと覚えてるくらい。目の前と言っても自分の目線より高い位置ではありますが。言葉は何も発さなかったけど一応の反応はしてくれたという感じ。

相変わらず受身な梨沙子に、またもや自分でもびっくりするくらい記憶に残っていない雅ちゃん。最後の千奈美は完全に目がこっちを向いていなくて、いつも反応が良い千奈美にしては珍しく何かに気を取られていたような様子。

リングでのイベントの一番の特徴は360℃全方位に客がいるということ。普段はセンターであればあるほど見やすいとされているんだけど、端を通り越して斜め後方から見る「笑っちゃおうよ」とか、投げキッスをする直前の振り向いた顔とかありえない角度から見えることが新鮮だった。

東サイドにいればべりっこの後ろ姿と握手をするヲタの姿を見ることができた。う〜ん、これは見られたくはないけど見てみたかったかも。
posted by sleeping mizuki at 23:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 【イベント】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月17日

2006/12/17 【Berryz工房フェスティバル〜2006 冬〜(3回目)】 新木場1stRING 記録編


ふだんプロレスをやってる会場だとは聞いていたけどまさかリングに上るとは思ってもなかった。

ベリフェス夏こそ定番というかもはやホームの感覚すらあるよみうりランドだったけど、これはベリフェス初夏からの、変わった所でイベントをやっちゃう系譜に連なるのか。初夏の時に元経理のおじさんが今後もこういうイベントを考えてると言ってたのは、また学校でやるという意味じゃなくてこういうことだったのね。

会場中央にリングがあってそれに続いて北側にステージとその上方にスクリーン。東・西は立見席で南が座席指定。距離からいえば東西立ち見の方が詰め寄れる分近い。その中でも北寄りの方がステージにもリングにも近いし、メンバーはリングの中でも北寄りで待機するのでさらに距離は近くなる。また東の方が握手をしてるべりっこを後ろから見れるのでその分先に握手をしてしまう西よりもおいしい。まぁ僕がいたのはおいしくない方の西後方でしたけどね。

立見席は後方でも列にして7〜8列ぐらいの感覚だし、リングが高いのでメンバーの顔を見ることはできる。上に挙げた手しか見えないとか友理奈の頭しか見えないということはない。

オセロ(菅谷・徳永・須藤・熊井)
ちびちび団(清水・嗣永・夏焼)

の2チームに別れて対決。このチーム分けは回ごとに変わっていたらしく、キャプは2回とも桃子と組んで負けたとなじっていた。

徳永が黒、須藤が白といち早く決まった後に友理奈が「あたしと梨沙子は?」と詰め寄る。「梨沙子は白。熊井ちゃんは…黒」にちょっと納得いかなそう。

@息ぴったりん子対決
Aクイズさてこれはなんでしょう
Bアイドルパフォーマンス対決

対決はこの三つ。なお正式な名称ははっきりとは覚えていないので@以外はテキトーです。

@息ぴったりん子対決

リングの東・西・南に一人づつ別れて質問に同じ答えを言えたらその人数分だけポイント。オセロは4人なので1人は待機。凸凹コンビの時のコーナー名だけど内容はとっくま放送の時の「どっちのとっくまショー」。しかもとっくまの答えがその時と2つ一緒。

最初はオセロから。

Q1 動物園で人気のある動物といえば?

徳永・熊井→ゾウ
須藤→チンパンジー

須藤「ちぃがチンパンジーって言うかと思った」
徳永「あたし迷ったの!ゾウと」
熊井「あたしも!」
徳永「チンパンジーほしいなって」

Q2 お正月の遊びといえば?

徳永・熊井→カルタ
菅谷→羽子板

Q3 Berryz工房の中で大人っぽい人といえば?

須藤・菅谷→みや
徳永→梨沙子

徳永「梨沙子の写真集見たんです。セクシーだなぁって」
梨沙子照れる


続いてちびちび団。

Q1 おいしい魚といえば?(清水「魚キライ」)

嗣永・夏焼→シャケ
清水→サンマ

夏焼「サは合ってるよサは」

Q2 クリスマスに食べるものといえば?

嗣永・夏焼→ケーキ
清水→チキン

またもやキャプのみ不一致でその場に崩れ落ちる。
清水「あたし迷わなかったよ」

そしてここで問題が発生、というかももちワールドに突入。オセロは6ポイントでちびちび団はここまで4ポイント。次の問題で3人とも一致なら7ポイント獲得で逆転する大事な勝負どころ。質問は…

Q3 Berryz工房の中で子どもっぽい人といえば?

夏焼と清水は迷わずに誰を言うかを決めていて後はもう会場と共に「もも頼んだよ!」みたいな雰囲気に。

夏焼「つぐながももこ!」
清水「つぐながももこ!」
嗣永「……あたし」

嗣永「私プライド捨てました!」

K「桃子ちゃんの子ども宣言が出ましたが…」
嗣永「違います!合わせただけです!チームワークです!」

そのちょっと後に触れた時も「振り返らなくていいです!」。結局ももちが捨て身の勝負に出たおかげでちびちび団の勝利。


Aクイズさてこれはなんでしょう

スクリーンに写った物を当てるゲーム。各チームから1人ずつが出て対決。熊井・菅谷は2人で1人扱い。

Q1 第A成長記のジャケ写 

徳永はわかっていたけど解答権がなかったので答えられず。「梨沙子?」という答えもあった。清水?が正解。

Q2 夏夏ミニベリーズ初回特典のビーチボール

徳永がかなり早い段階で正解。キャプが「ビーチボールとしか言ってないよ」と軽く抗議するが千奈美はキャプの近くまで寄っていって「シーッ!」のポーズ。

Q3 嗣永の「胸さわぎ スカーレット」衣装

スカーレットの衣装だとはわかってもみんな同じなので誰のかまではわからない。最後にハンガーに「嗣永」と名前があるのが見えて嗣永本人が正解。


Bアイドルパフォーマンス対決

それぞれ全員で東・西・南の三方向にアイドルらしいパフォーマンスを披露する。決着は客の拍手によりK太郎が判断する。

ちびちび団はコマネチをやっていて、オセロは投げキッスとかやってた。K太郎が「オセロはお色気できましたねー」と言うとちびちび団がオセロのマネをする。オセロもちびちび団のコマネチをマネる。

判定はちびちび団に。最後の勝負は4兆点だったので4兆2対0でちびちび団の勝利。賞品は大きな赤い靴下に入った板チョコとお菓子。キャプが靴下を逆さにして頭の上にのせる。

最後は一人ずつリングを1周しながらコメント

清水「1、2回目は桃子ちゃんと組んで負けていたけど、3回目は運?…のいい雅ちゃんと組んで勝てました」

熊井「今度はリングじゃない場所で対決したい」

たかがゲームでも心中穏やかでないくまいちょーの面白くなさそうな顔。梨沙子は3回とも全て勝てなかったらしい。また1回目か2回目でまあさとキャプが尻相撲をしたらしく

須藤「また尻相撲やりたいです」
清水「今度はあたし以外の人と…」
須藤「いや佐紀ちゃんと」

曲はステージで「スカーレット」2回とリング内で「笑っちゃおうよ」。

握手は北指定→西立ち見→東立ち見→南指定の順番で、メンバーは

清水→須藤→嗣永→菅谷→熊井→夏焼→徳永

の順。リング内にテーブルを運んできて握手。衣装は登場から握手の時までずっとスカーレットの衣装。リングのロープは一番上のものだけ残して取り除かれてあるのでくぐりやすくなっていた。
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2006年12月16日

殺された父、姿を見せない母


前回の第7弾ではナッキーが司会を務め舞美がいじられキャラになるというようにめぐの役割の振り分けがあったわけだけど、今回は特にそういうものは見当たりそうになかった。

キューティー探偵社での初の殺人事件。前回から予告されていたことだったけど、これは実際には本当に人が死ぬのではなく狂言とかそういうものだと思っていた。だって人が死ぬなんて例え話の上であってもあまり気持ちのいいものではないじゃないですか。それも平和な℃-uteのイベントで。

ならばなぜ父親は殺されなければならなかったのか?「襲われてケガをした」だけでも充分だったはず。その答えはとりもなおさず℃-ute内において父親として象徴されるものは男性性をまとっていためぐ (「めぐの男性性」) であり、それを殺すことによってめぐとの決別を図ったのである。

そう考えれば母親ではなく父親でなければならなかったし、ケガではなく殺されなければならなかった。この父親殺しは第7弾においてめぐの役割の振り分けが完了したのちに段階的に迎える、いわば儀礼的な殺人といえる。

さらに都合良く解釈するならば、めぐは父親のみならず母親との二役を兼ねていると見ることもできる。事件が解決して母親に電話をしているシーン。ここで声も姿も現さない母親に電話をする意味とはなんだろうか。

この時点でステージ上に7人が登場しており他に母親役をする人がいなかったというのはもちろんわかる。にもかかわらず電話の上だけで母親を登場させ、しかもその母親がこれからは姉妹と一緒に暮らすと言っていることからは「姿は見えないけど一緒にいるよ」という、母親をめぐになぞらえたメッセージが読み取れるのである。

「白いTOKYO」が歌われることはなかったけど、めぐとの決別ははっきりとなされた。そしてめぐは見えないけど一緒にいる。寸劇は寸劇にすぎないと知った上で、単なる寸劇においてそれを読み取ることができる。


だいたいこのシリーズはメンバーの顔を見てセリフを聞き取るのに必死で内容なんてほとんど理解していないんですよね。父親がどうして殺されたのかも実はよくわかっていない。ただ母親に電話をしてるシーンでここなんか蛇足だなって感じた時にめぐの存在が浮かんだわけなんです。

それと殺された長谷部茂雄さんはよく会場にいるスタッフの方というのはわかりました。世界バレーの時にもいたと思う。
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2006/12/16 【℃-ute応援企画 第8弾! 〜クリスマス スペシャル〜(1回目)】 ラフォーレミュージアム六本木


サンタ写真とか全部買っちゃうだろ!

サンタだよサンタ!℃-uteがサンタのカッコしてるんだよ!初めてメタリック写真とか買っちゃったよ。まだ開封してないけどどこがどう違うのか全くわかんないよ。あー、ニートじゃなくて良かったなぁ。ちょっとだけお金が手元にあって良かったなぁ。でもそのちょっとだけのお金を使っちゃって、大丈夫なのか自分?まぁいいや。で、中に入って…

ぐわぁ、ホントにちっさートナカイだぁ!

神様ありがとう。ちっさにトナカイ着せてくれて。そしてナッキーの持つ袋の中にはミカンがぎっしり詰まっているのがわかるくらい近くの席にしてくれてホントにありがとう。ついでに神様、ミルクをください。もう来年はいいことないな。

愛理サンタとまいまいサンタとちっさートナカイによるキューティーガールズ。愛理サンタはスタイルが良くて街頭でコスプレっぽいカッコしてデモンストレーションしてるお姉さんみたいだ。お姉さんには興味ないけど愛理サンタにはいろんなデモンストレーションされてみたいぞ。

ちっさートナカイはまいまいサンタに「犬!」と言われても「トナカイ!」と強行に主張。「犬!」「トナカイ!」「犬!」「トナカイ!」の応酬の後、まいまいサンタが「トナカイ!」と言ってしまい「そうトナカイ」で丸く収まる。台本ぽかったですけどね。

「サンタに何をもらいたいか」トークで愛理はイチゴ柄のポーチ。イチゴはめぐの象徴で、めぐに帰ってきてほしいという意味なんだ、なんて言わないよ。ちっさはゲーム。まいまいには「グラサン以外で」の条件がついて「なにこのボケ殺し?」。

そして全員登場。ちっさーもサンタに着替える。梅サンタの胸が心なしか大きいような気が。

梅サンタ「私は悪い子ちゃんなのでサンタは来ないんです…」
舞美サンタ「じゃあ一緒にいい子にしてようね」


ラジオでも少し触れていたようだけど、親とよく衝突するということなのかな。それぐらい誰でもすると思うけど、ふだんこちらには見えてこない親の子どもとしての梅さんを垣間見た感じ。あの梅さんとケンカできるっていうのは少しうらやましい気もする。

栞菜サンタは肩にかかる衣装でその下は袖なしで短い丈の赤いぴっちりシャツ(なんていうのかわからん)だけだったので腕を上げた時はまるで赤いビキニを着ているようで、ちょっとエッチかったです。制服の時もスカートがバーッ(詳細は略)ってなったのを見ちゃいました。ゴメンね栞菜。

キューティー探偵社は冒頭で舞がえりかを「えり子」と言ってしまい、そこからもう笑いの連鎖が始まっていたのかもしれない。

特に栞菜はステージに出るタイミングを間違えたり、セリフ中にBGMが止まって「え?」ってなったり、セリフを言うたびに笑いが漏れる。ソファに座っている愛理も笑いをこらえてにやけ顔。隣にいた小枝豆もしっかりつられていて、舞美は最初のうちは笑わずにしっかりしゃべれていたけど、結局最後は噛んでいてさすがかみかみクイーン。

ナッキーは管理人役で登場。つーか出番少ね。黒ブチメガネをかけたナッキーがなんかおばさんぽくて、メガネは銀ブチもしくは百歩譲ってフレームレスと固く心に決めているのですが、ネギのはみ出たお約束な買い物袋が妙に似合っているのでそれはそれでアリなのでした。マイクを通してもやっぱり声が小さいナッキー。

「As one」ではステージ左手に来たナッキーとサビでシンクロ。正真正銘宇宙初披露の新曲をナッキーとシンクロできるなんてYes!しあわせ以外の何物でもない。「As one」のサビでナッキーとシンクロしたのは僕が一番最初なんですよ。同時に何人かいそうですけど。

レス、というとこれはもう妄想と自己満足の世界になるんだけど、シンクロしながらナッキーは笑いかけてくれたような気がした。「初めてやるのにもうマネしてるよ」と笑ってたのかもしれない。愛理の曲というイメージが強かったけど、意外と愛理は真ん中に来てなかったような気がした。

ハンドベルで「きよしこの夜」を演奏。ナッキーがタイミングを測りかねて苦笑い。練習ではあまりうまくできなかったというわりには目立ったミスもなくよくできてた。愛理のみ途中ベルを持ち替える場面があり、さすが経験者。

アイドルが一生懸命練習してがんばった成果を見せるのは、それ自体たいしたレベルではないしがんばったねってパチパチと拍手して終わりなんだけど、日頃彼女たちの伝えようとしているものをちょっとひねくれた捉え方をしているところへふいに無防備な状態でストレートに受け取ってしまうと、それはなんだか自分の中では処理しきれないほどに大きいもので、正直ハンドベルを聴いててちょっと泣きそうになってしまった。ちょっとだけね。℃-uteががんばって演奏とかすごいじゃん!っていう、ただそれだけなのに。

しかしここで、なにもなければ確実にめぐサンタが見れていたということを忘れてはいけない。ヲタにとっても事務所にとってもこれがどれほど大きな損失がわかるか?

めぐサンタがいればなぁ、L判を2L判にして値段を倍にしても売れちゃうんだぞ。めぐサンタがいればなぁ、嫌がるトナカイにむりやりソリをひかせちゃうぐらい面白いんだぞ。めぐサンタがいればなぁ…。


推しメンからCD手渡しというのは果たして本当においしいのか?握手も会話の時間も確実に減ってしまうんだけど。推しメンが触れたCDになら価値を見出せるかもしれない。ちなみに梅サンタからもらいました。
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2006年12月15日

ちっさートナカイとめぐサンタ


ピコーンてひらめいた!また犬でくると見せかけてチッサーはトナカイの着ぐるみを着ればいいんだ。それで文句を言ったりしたらめぐサンタ(もういない)がムチ手綱でピシャリとか。

あぁ…楽しそうだなあ…。あれ?…なんか目から汗が…。
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2006年12月14日

めぐのいない「白いTOKYO」


正月の横アリで矢口なんかいなくてもできると証明されたから、クリスマススペシャルでは当然「白いTOKYO」を歌うものだと思っていた。

「ずっと大好き」はめぐヲタにとって(と言いつつ自分にとっても)あり余る思いを込めずにはいられない重いフレーズ。

完全に封印してめぐメインの曲として記憶に留めるのもいい。それでも伝説的に語られることで意識下に存在し続けるほどにこれは名曲だと思うから。でも7人の℃-uteがめぐがいなくてもやっていこうと本気で覚悟を決めたのならば、あえてめぐ抜きで歌うべきではないかという気もする。

なんならめぐのパートは誰も歌わずに、その空白をメンバーとヲタ双方で共有できればいい。共有といってもみんなで歌うというわけではなく、個人的には無音を聴きたい。きっと誰もがめぐのことを考えずにはいられない、濃い空白になると思う。さすがにそれはないだろうけど。

実際には誰かがめぐの穴埋めをするとしても、そうして歌われた「白いTOKYO」はめぐを消去して新たに作り上げられたものではなく、めぐという今は見えない土台の上に乗っかっているものとして認識できると思う。

めぐの不在を感じさせざるべく7人はがんばっているんだけど、あまりに上手く隠しすぎてもそれはそれでなんか寂しいんだ。舞波の時にはなかった感じ方。前列と後列の違いかな。

要するにめぐの不在を確認する機会がほしいのです(それはサーキットUの冒頭挨拶で既に済んでいるのかもしれないけど。自分がその場にいなかっただけか)。

そうすることでめぐヲタはめぐヲタとして死ねるんじゃないか。あるいは死なないと決意することができるんじゃないか。10.2という盛大な卒業式をやってもらった上でも死ねない舞波ヲタの言うことじゃないですけど。

めぐと7人の℃-uteは断絶されたのではなく、微かでもつながっていてほしい。歌わないことでめぐを思い出にすることもできるけど、例え届かなくても歌うことで思いを告げることもできる。
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2006年12月13日

「夏 remember you」


今年の楽曲を振り返るなかで多くの人が「夏 remember you」を挙げているようなので、夏に書いておくべきだったけどここで書いてみよう。

この曲を聴くと呆然とする。寂しくもなるしため息も出るけど、戻れないはずのあの頃にむりやり引き戻されるようで。

夏に聴いてもそんなだから、夏が過ぎてからは一度も聴いていなかった。「夏夏ミニベリーズ」収録の新曲が2曲とも郷愁路線なことから思い出すのはどうしても過ぎた夏、一年前の思い出の夏。

舞波へのメッセージソングとして読み解く試みは思うようにいかなかったけど、「you」を複数の「あなたたち」と捉えればこれはむしろ舞波からの目線で、舞波からのメッセージをBerryz工房が歌っていることになる。あるいはBerryz工房が舞波に仮託して歌っている。

それにしてはあまりにセンチメンタリズムに満ちていてぶっちゃけ舞波らしくないんだけど、思い出は常に美しくということであれば、

「あきらめたりはしたくないし泣いたりもしたくない」
「誰もまだ歩いたことない新しい道を行く」
「孤独なその後に自分らしく生きる方法に出会うのかもしれない」

などなど舞波の独白と捉えられるものはいくつもある。先の一件に関しては「女らしく生きる方法がわかったような気がした」というところかな。でもこんな例を挙げるまでもなくあの時を知っているベリヲタならばやはり理屈抜きで舞波の存在を想起する曲だと思う。

鳥のさえずりは「どんな夜も明日がくるから」に対応しているように「朝」の象徴であり、その「朝」は「いつか大人になった朝に」と歌われた「朝」。あれから季節が移り変わってひとつ大人になったということだ。舞波もBerryz工房も。歌詞には一つも「大人」は出てこないけど、これは別れを経験して大人になっていく歌だと思う。

つんくのコメント。

…この夏が終わったら、また新しい青春が待っているんだから。
といった気持ちを歌にしました。


だけどこの曲は僕をいつまでも「この夏」にとどまらせる。

全ては思い出の夏となり…寂しくなるけど大好きな曲。


【追記】

友理奈のか細く途切れそうな、ファルセットとは呼べないかもしれない裏声が大好きです。少しかすれてるのがすごく切ない。
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2006年12月12日

柑橘姫 〜「蜜柑」と「檸檬」〜


芥川龍之介「蜜柑」を読もうと思ったのは、もしも℃-uteがテレビジョンの表紙になったらみんなレモンを持っているなかでナッキーだけはミカンを持っていてほしいというそんなくだらなすぎる空想からです。

それに短編にも満たない短文だから、理解はできなくても最後まで読むことはたやすくて、芥川作品なんて人並み以下にしか知らないけど「芥川を読んだ」という満足感だけは得ることができると思ったから。

朝起きた時から一日の終わりだけを見つめているそんな日ばかりが続くということは、死を見つめて生きているようであり、それは死ぬために生きていることになるんだろうな。

それでも死ぬために生きるにはあまりにも永い時間の中ではどうしても「蜜柑」を見つけずにはいられなくて、それが例え本当は暇つぶし程度の意味しか持たなくても生きる目的にすりかえることでぼんやりどころじゃない不安からちょっとだけ目を反らすことができる。それでは何の解決にならないとしても、そのまま死んでそれで終われるのなら目を反らし続けるのも悪くないんじゃないか。

疲労と倦怠に満ちた退屈な人生にただ一つの彩りを添える蜜柑があるならば、それだけで例え死ぬためであっても生きていける。智恵子の歯ががりりと噛んだレモンも死の中にある生の象徴だった。

丸善の洋書売り場に檸檬を置いたように、誰か℃-uteのDVD売り場に蜜柑を置くヤツはいないのか?「胸さわぎ スカーレット」のテニスボールを檸檬に見立てて、それは爆発はしないけど憂鬱な現実を破壊する力は持っていると思った。

芥川の退屈を忘れさせた蜜柑と梶井の憂鬱を紛らせた檸檬は似ている、なんてね。芥川は大正8年、梶井は大正14年、僕は平成18年の暮れに、改めて果実の輝きを思い、時を越えてなんとなく二人に同意する。
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2006年12月11日

「Berryz工房 起立!礼!着席!」 #134(2006/12/5)


なんか「そつなくこなしてしまった」という印象。

意外な組み合わせではあるけど、内容は至って波乱なく、かと言って「凸」と「凹」がかっちり合わさって「□」になるというわけでもなく。相変わらず呼び名は「熊井ちゃん」だし「佐紀ちゃん」だし。

コンビの放送でやはり気になるのは「お互いのことをどう思っているのか」。二人だけだからこそぶっちゃけられることがきっとあるはず。そういう意味で語尾に気を取られないトークを聴きたかったな。

「大人になってみたいか」というハガキに「青春を味わっていたいですボコ」と答えるキャプ。「大人」と「青春」は相反することになるのか。いやきっと両立すると思うよ。これは自分への慰めではなく。

「前列×後列」のコンビ、同じ組み合わせはない、出演回数、からすればもうこれしか残ってないですよね。

嗣永×(清水or徳永)
(夏焼or菅谷)×須藤

まだ終わってないけどこの企画の唯一の失策は「前列×後列」にとらわれすぎたことだと思う。事務所サイドからの縛りかもしれないけど、両者の間にはかくも高き壁が存在することを痛感する。
posted by sleeping mizuki at 22:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 【レビュー】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月09日

一応決まる前に言っておこうと思って


いもっこレーダーに反応した吉川友が残っているらしい。やっぱ出身地は大事。ただ白井未央を落とした実績があるので安心はできない。これ以外の候補者はハロモニを見逃してたのでよく知らない。

7期オーデには該当者なしの経緯があるけど、あの最終候補者たちにきらりんりんができるのかと思えばやっぱ小春はすごい。

キッズオーデは実質的に首都圏に限定されていただけに、こういうところで地方に眠る逸材を見つけてほしいな。娘。加入の暁にはハロコンで接触するキッズとの微妙な関係も見逃せない。異分子への対応によってまたいろいろと知られざる性格が露わになるかも。千奈美が気軽に話しかけていくのだけは容易に想像できる。

つんく特別枠でキッズから加入とかはやめてね。めぐの復帰なら許すよ。




めんどうなので「キッズ」と言ってるけど正確には「Berryz工房と℃-ute」ですね。決して栞菜をハブろうという意図じゃないです。今年の紅白でバックダンサーとして出演するであろう彼女たちがどのように表記されるのかも注目です。

【追記】

はい終了。もはや娘。にいもっこは求められていないのか。オーディションの経過を見ててもこれは受かる流れだと思っていたのに。端正な顔立ちがストライクだったんだけどなー。
posted by sleeping mizuki at 23:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 【ノーカテゴリ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする