2007年04月30日

「通学ベクトル」 〜愛理ベクトルの行方〜


サーキットを元にしたテキトー理論によれば愛理は雨女であり、それは晴れると頭の皿が乾いてしまうからだと思っていたんだけど、こんなところで愛理と雨が結びつくとは。

ベクトル…といったら代数幾何で0点をとった思い出しかないわけで、左に何も数字のついてない0はきれいなお月様に見えたことを覚えています。幾度となく取ったヒトケタとは全く違う別世界感覚。×しかない答案に○とはこれいかに。0と1の間にある溝は99と100の間にある壁よりも高くて深いと思った。

それはどうでもいいとして、通学ベクトルとは一体何を表すのか。そもそもベクトルってなんだったっけ?忘れたというより最初から覚えていないのでした。高等数学の最初の1ページ目からついていけない自信があります。教科書を燃やしたことありますか?それもどうでもいいとして…。

単に通学の方向という点で言えば、すれ違う(ベクトルが向かい合う)通学とこの曲のように同じ方向へ向かう通学がある。すれ違う場合にはお互いは違う学校になるわけだけど、この場合は相手の誕生日まで知ってるようなのでどうやら同じ学校らしい。

「雨の日だけ同じバスになる」けれど雨が降ると「くねくねしちゃうな」というアンビバレンツ。「でも雨ね」に凝縮されるように降ってほしいけど降ってほしくないという相反する二方向への矛盾した感情を通学ベクトルと言おうか。

あるいは「普段は自転車通学」らしい人と同じ車内で方向もスピードも一緒になるという、学校へ向かう二人のベクトルが全く同一になる空間が通学ベクトルか。

「通学ベクトル」の歌詞まさにその時に愛理が掲げた右手には三本のベクトルが見て取れる。それをこの曲の登場人物である愛理(主人公)とママと愛理が「どうか会えますように」と願う人だとすれば、親指はママ、小(子)指は愛理に当てはめられる。

もう一人、バスで一緒になる人に対しては「彼」とか「あの人」などその人自身を直接指す言葉は出てこない。だから必ずしも男とは限らない、というと横道に反れてしまうんだけど、その存在が希薄であると同時に、「どうか会えますように」という愛理の願いで曲が終わるように世界は愛理の内だけで終始する。ママも単に驚く存在として描かれるのみ。

三者のベクトルを合成したその先にこの恋の行方が見える、なんて。そういうことなら合成しないでこのままにしておこう。「会えますように」と願う愛理ベクトルのままで。

あるいはあの右手は「るてるてずうぼ」を象ったと見えるか。もしくはタイトルの傘マークとか。




なっきぃによれば同じポーズで手の平の側を見せたものが「I love you.」でそれが弧を描くと虹になるという。雨と虹が表裏をなす。

ちなみにドラえもんには「るてるてぼうず」が登場する。例えつんくがドラえもんを見ていたとしても、タイトルが「通学」→「数学」→「ベクトル」という連想だったとしても、愛理がソロで歌うことによって曲はその意図を飛び越えて物語る。

逆さ読みの「るてるてずうぼ」は文脈の逆転を生み出していて、「窓の外が少し微妙だわ」という歌詞、「空模様が微妙」だと言えばこれは通常「雨が降りそう」の意になるが、ここでの「微妙」はそれとは逆に「雨が止みそう」の意で用いられる。

「るてるて」はまた反復・繰り返しをも招く。「わくわく」「くねくね」然り「二度寝」然り。歯ブラシをするのも二回。そして鳴り止まない(止めさせてくれない)クラップの雨。「目覚ましは必要ないわ」とか言ってるわりに「二度寝しちゃったじゃない…」とかプンスカしてる愛理ってやっぱS?

愛理の「Fu!」はいかにも軽い。だけどそれは雨の陰鬱さを吹き飛ばすように明るくて乾いているからそれでよい。
posted by sleeping mizuki at 23:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 【レビュー】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月29日

そして℃-uteの「白いTOKYO」


もう冬は終わったのに、白くも何ともない東京にあのイントロが響き渡る。

この曲をやるのか。今の℃-uteの勢いは、この曲をやってしまうほどだというのか。もうめぐを探したりはしなかった。興味はただ一点。めぐパートは誰がやるのか?

ZYXメンバーであり、実際に空白となっためぐパートを埋めている矢島・梅田ではなくまいまい。めぐ鬼ダンスで怪しい動きをしていたまいまい。めぐの角を怖がっていたまいまい。中澤に「何人?℃-uteって」と聞かれて「8人」と言いそうになったまいまい。

かなり古い話だけど「ダン」の撮影先の農家で蚕の群れを見て泣いてしまったのはまいまいとめぐの二人だった。今や℃-uteの中では一番泣かない(※泣くフリはする)と言われるまいまいは同じものを見ても泣かないと思う。めぐは涙目になって嫌がると思う。イルカとかカメの時みたいに。

まいまいが捕まえようとしていた出目金はめぐに似てないかな。まあるい輪郭におっきい目。怒った時の赤い顔。とか言ったらめぐはまた怒るんだろうけど。

結局まいまいは出目金を捕まえられなかったのだけど、超法規的措置によっておっちゃんから出目金を与えられる。実際にはこの地球にルールがあるため法は超えず、出目金は捕まえずに生きていく道を選んだ。

一応ZYXの曲ではあるけどいろいろあってめぐの色が濃くなっていたこの曲は今宵℃-uteの曲になった。

それはめぐがいなくてもやっていけるという確かな証。もはや不在確認ではなく、7人の℃-uteからの確信を持った一つの表明として。

That's the power of ℃-ute.

℃-uteという力。

今度の「ずっと」は辞めるまで≠ナはなく永遠に≠ナあってください。


めぐのいない「白いTOKYO」
めぐだけがいない「白いTOKYO」



【追記】

舞とめぐと赤にまつわるもう一つのお話。
そういえば二人ともタコが嫌いだった。
posted by sleeping mizuki at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ノーカテゴリ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月24日

君は桃色なっきぃを見たか


夜公演のジェスチャー対決は舞美が司会。アリカンが回答者でジェスチャーをするのは梅さんとなっきぃ。「最初は℃-ute!」で始まるジャンケン。「℃-ute!」の時はチョキを出している。コンサの一番最後にハケる前「℃-uteでしたー!」の時もチョキ。℃-uteはチョキなのか。

6回目にしてなっきぃがチョキで負ける。梅さんは「気が合うね」。「いつもチョキで負けてくれる」のは一年前にここでもやってる「秘密のウ・タ・ヒ・メ」ですよ。一年後に本当にチョキで負けるなっきぃ。ちなみに昼は舞美がチョキで勝ち。

テーマは梅さんが「職業ジェスチャー」、なっきぃが「振り付けジェスチャー」。梅さんのはわかるけど「振り付けジェスチャー」ってなんだろ?スクリーンにお題が表示される。

「桃色片想い」

…そうか!そういうことか!これを!なっきぃが!踊るというのか!さあ今宵はパレード。始まったよ!なっきぃショー。

踊ってるよ!「桃片」のサビ!なっきぃが!踊ってるよ!

「ミニモニ。じゃんけんぴょん!」

なっきぃが!白上げて赤上げてるよ!栞菜気付いて!早く当てて!いや、でも早く当てすぎちゃうとなっきぃのじゃんけんぴょんが見られなくなっちゃうけどとりあえず他のも見たいから早く当てて!

「大阪恋の歌」

なんかなっきぃがフラメンコっぽいフリをしてるよ!栞菜は「色っぽいじれったい」って言ってるよ!僕もなんだかよくわからないよ!

「スッペシャル ジェネレ〜ション」

うは。キタ。ktkrってヤツですね。nkskktkrkwsk!なっきぃは「どういうのだっけ?」とか言ってるよ!℃-uteの日に踊ったじゃん!あ、止める方だったっけ。スッペシウム光線のフリやってよなっきぃ!どうせなら本人たちを前にして昨日やってほしかったよ!でもDVDに残るんなら今日でもいいけどね。つーか残してね。

「LOVEマシーン」

けっこうわかりやすいかと思ったのに意外と栞菜がわかってないよ!そして僕もまだわかっていなかった。実はここからが本当のなっきぃショーの始まりであったことに…。

「愛すクリ〜ムとMyプリン」

会場騒然、のち狂喜。スクリーン操作してる人ワザとやってますか?ナイスグッド!GJ!GJ!いくらキッズ以外に疎くてもこれくらいはわかるよ!もりさきちゃんが踊ってた曲だよね!もともと歌ってるのは…それくらい当然わかりますよ?なっきぃ行け!なっきぃの尊敬するあの人の曲だよ!ためらわずに行け!行け行け!もう行っちゃえ!なっきぃのMyプリン!うひー!

「恋のテレフォンGOAL」

ここでもう時間切れだよ!なっきぃのピロリンピロリンが見れないよ!栞菜、ラブマで手間取りすぎだよ!

…で、ですね、何が言いたいかと言いますと「桃色片想い」が意外にもすごくハマっていたんですね。アイドルの頂点を極めた曲。℃-uteでソロといえば当然に舞美であり愛理でありそれはとても納得できるんだけど、なっきぃ…いけるんじゃないか?「ソロ曲をもらう」程度のことではなくて本当にソロとして。なんか面白そうという理由だけで。

DVDマガジンでメンバーが言っていて自身もよく言う「負けず嫌い」。意図的に見せないのかそういう場面を見ることはほとんどないんだけど、ものすごく大切な資質であると思う。それが露骨すぎてもダメなんだけど、ここまで表に出さないなっきぃって実はすごいのかもしれない。ジェスチャー対決も2戦2勝のなっきぃ。

確変は一回だけとは限らないよ?
posted by sleeping mizuki at 01:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ノーカテゴリ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月23日

2007/4/22(昼) 【℃-uteコンサートツアー2007春 ゴールデン初デート】 東京厚生年金会館


ハロプロ以外のアイドルはあまり知らなくて、ハロプロ内ですらベリと℃-ute以外はかなり怪しく、例えばいま娘。がどんなツアーをやっているのか全く知らない、というかツアーをやっているのかどうかさえ確信を持って答えられないというとてつもなく狭い狭い視野の中であえて言わせてもらうなら、いま日本のアイドルのNo.1は℃-uteです。

「生殺与奪」っていうの?みなぎるほどの生きる力を与えてもらったその後に、いっぺんにそれを奪われるみたいな。いや、喜んで差し出しますけど。

「通学ベクトル」で体力がゼロに。もちろん夜のためにセーブするなんて器用な芸当はできたことがない。テンポの早い頭上クラップは予想以上に体力を奪う。愛理が煽るあのクラップは雨音だとかいう話、それはもうマジで本当に素敵すぎる。雨音鳴らしまくるしかないじゃないか。

この時点でまだ「JUMP」が控えてることがもはや恐ろしかった。「まだJUMPがある…まだJUMPがある…」とうわ言のように繰り返しながら「桜チラリ」を全力でやり過ごしても目の前に立ちはだかるのは「まっさら」という戦慄。

久しぶりにライブで「死ぬかも」と思った。もうなんか貧血の時みたいに周りがポワーンとしてる。それでも跳ぶよ。死んでも跳ぶ。

もともと周りに「盛り上がる人たち」が集まっていた。だいたいにおいて後方席に局所的に発生する盛り上がりゾーン。知り合い同士で騒いでいたり、近くで見れないあきらめから盛り上がるしかないでしょ!な人たち。でもあくまでも紳士的に。決して壁を破壊したりしない。自分さえ良ければいいわけでもない。もう完全にその一員として後先考えずに全力で走り抜けていた。

「この地球に涙があり」

ここでスクリーンにアップで映ったなっきぃが泣きそうになってる。…ように見えた。感情を込めたゆえなのかもしれないし、ただ単に体力的につらかっただけなのかもしれないけど、見た限りでは泣きそうな顔に見えた。

たぶんあらゆる抵抗力がなくなっていたんだと思う。もうね、ボロッボロに泣きました。涙が頬を伝ってきました。なっきぃと泣きたいと思いました。フリとかもうどうでもいい。空を見上げてこの曲に溶けた。

なぜ泣いたのか。初日でも千秋楽でもない。誰かの誕生日とか誰かがいなくなるわけでもない。でもやっぱこういう瞬間ってある。℃-uteがすごいからといえばそうなんだけど。この地球に涙があるから、とか言っちゃったりして。

ダンスとメロディと歌詞があってそれは℃-uteの曲のひとつになるわけだけど、ダンスが単純になっている分この曲の歌詞の本質に迫ったような気がした。限界の向こうには涙があった。いや、涙で見えなかったのか。

JUMPヤバイ。℃-uteヤバイ。生きる力にあてられて死んだ。

…そして前日2F最前に来ていたというベリーズ。席番ほぼ一緒で後方にいたのに全然気付かなかったよ。それはともかく℃-uteを見て何か思うところがあったはず。例えば愛理の「私たちの大切なデビューシングル」という言葉はどう聞こえたのか。タップダンスを見て何を感じたのか。「追い越しカノン」っていうのもあるかもしれないよ。

でもこのまま押されっぱなしでいるはずはないよね。ダテに三年やってないし、ダテに涙も流してない。歌の良し悪しは売上では決まらないけど、とりあえず対外的な意味を含めて「桜チラリ」を抜き返してみようぜ。

「相乗効果でライバルいっぱい」ここ聴いた?

…でさ、話は変わるけど舞波は来なかったの?
posted by sleeping mizuki at 01:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ライブ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月22日

2007/4/21 【℃-uteコンサートツアー2007春 ゴールデン初デート】 東京厚生年金会館


ありがたいことに当選させていただいて、FC様から頂戴したチケが2階の後ろから2列目というとても見通しの良いすばらしい席だったので、今日はおとなしく双眼鏡など覗きながらまったりと℃-uteの来し方行く末を思うはずだったのですが…無理無理。こんな席でもアツかった。

キューティーショーの「2階も!まっさらブルージーンズ!」に続いて2階を気にかけてくれる栞菜に惚れそう。二つしばり推奨なので新しい髪形はイマイチだけど。

梅さんは「〜ですわよ」とか無理矢理なお嬢様言葉になっていて、なっきぃは「一期一会」という言葉を使っていた。

キューティーガールズは欠かせないにしても唐突にジェスチャーゲームが入るあたり、これが℃-uteらしさなのか。なっきぃの司会により梅さんとアリカンのジェスチャーを舞美が当てる。テーマは梅さんが「夏に似合うもの」、アリカンが「冬に似合うもの」。

ここで肝要なのがジェスチャーを当てるのがバ…いや、始まりも終わりも単純な舞美だということ。つまり「舞美にわかるようなジェスチャー」が求められる。その点梅さんが相性の良さもあってか8-2で圧勝。アリカンのお題の方がやりにくかったというのもある。

始まってから言っても全く説得力がないんだけど、やっぱり「JUMP」は後ろの方がいい。盛り上がりに拍車をかけつつ、だからこそ2番の「この地球に涙があり」が生きる。ダンスはものすごく省略されていた。サビなんかひたすら拳を突き上げるだけだし。でもまぁそういうのがトランスしやすかったりもする。

「わっきゃ」が途中からタップダンスになっていたりして「常夏娘(ZYX ver.)」の足さばきを思い出す。「舞波にもできるんだから」と思ってたけど自分は結局全くできなかった。足元の方にマイクを仕込んであるのか、ちゃんとタップの音が聞こえる。「タイムカプセル」はまた後半座っていたり。

細かいことを全て忘れるのはいつものこと。今日のライブの感想は「生きるという力」を最初に聴いた時と全く同じです。

…すげぇよ℃-ute。

この勢い。明日の℃-uteはきっともう今日の℃-uteとも違っている。
posted by sleeping mizuki at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ライブ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月21日

That's the power of…


That's the power of song.
That's the power of singing.
That's the power of being.
That's the power of being myself.

歌の力。
歌う力。
ここに存在すること。
自分が自分であること。

…℃-uteが℃-uteであること。

すべて明日への生きるという力。

ミニアルバムの新曲5曲はすべてやってくれると思う。もう℃-uteの曲だけでできるんじゃないか。「スイッチON」のように持ち歌だけで突っ走る疾走感のあるライブになってほしい。もちろん「お知らせ」とかは無しの方向で。

℃-uteがこの会場に来るのもあの時以来なのかもしれない。そういった意味も含めて、続ではない新しい輝きを見つけに。今宵楽しいパレードへ。


posted by sleeping mizuki at 12:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 【ノーカテゴリ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

友理奈で終わる夏、友理奈から始まる春


昨夏リリースの3曲ではいずれもソロパートの最後が友理奈だった。

「夏だもん」
 (「マジ夏すぎる」)
「出会うのかもしれない」 (「夏 Remember you」)
「アドバルーン」 (「笑っちゃおうよ BOYFRIEND」)

恋が泣いてるのも潮風に癒されるのも夏だから。マジ夏すぎるのは夏だからという論理不在の論理を象徴するのは、それまでの歌詞の全ての起点となる「夏だもん」。

「夏リメ」は言うまでもなく最後の友理奈パートがこの曲の最大の見所、聴き所であるし、「笑っちゃおうよ」はリフレインで終わるCD音源とは違い、ライブでは区切り良く終わらせるためか「アドバルーン!」と言い切る形に変更されていて、そこが友理奈パートになっている。CDでは友理奈パートではないからそこを友理奈が歌う必然性はないはずなのに。

ついでにDVDでは三分割画面になっている「夏パ」の「チュッ!」は会場ではソロのアップになっていて、計5回あるうちアップになるのは雅→千奈美→千奈美→雅の順で、ここでも最後は友理奈だった。

これに対してSSA初披露の新曲はどちらも友理奈が最初のパート。夏は友理奈で終わり、友理奈から新しい春が始まる。終わるのはまた始まるから。始まらない終わりを卒業とか脱退という。

「(例えば誰も)孤独な瞬間があるわ」
 (「恋はひっぱりだこ」)
「孤独なその後に」 (「夏 Remember you」)

孤独を歌う友理奈の胸中にあるものは何なのか。このとき友理奈が考えていることって何?ひときわ高い視線から友理奈は何を見ている?

自らを除くBerryz工房を俯瞰する友理奈は唯一外からの目線を持っているのかもしれない。逆に言えば内に入っていきづらい。最近くまぁずが鉄板なのもその視線の高さが無関係ではないような気がする。

ついこの間まで「まだ小学生なんて信じられない」とか思ってたのにもう中2とか。こうやってみんな時間が止まったままの舞波を追い抜いていくんだね…。

また夏が来て春が来て…友理奈はいつまでもそこにいてください。
posted by sleeping mizuki at 22:19| Comment(2) | TrackBack(1) | 【ノーカテゴリ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

悲しみなら時間に消えるから 〜「桜チラリ」PVを読み解く〜


℃-uteが常に時間というフィールドにその思想を根付かせていくのならば、そこから外れていくものもまた時間の中に押し込められる。

「桜チラリ」PVの宇宙船内ではいろいろな物が重力を失って浮遊している。赤いマグカップに白いマグカップ。電気スタンド、花瓶と花。電話と時計。千聖と舞と小さいタンス。

円形の時計には上下を示すものがなく無重力状態にあって正確な時刻は読み取れないのだけど、例えば「即抱き」のジャケ写で示されたように栞菜が合流した1月28日を時計の盤面に置き換えて1:28と表せるのならば、ここで浮遊している時計の時刻を10:31と見ることもできるのではないだろうか。ある意味これも℃-uteにとって意義ある忘れてはいけない時間。

「※村上愛は2006年10月31日をもって、学業に専念する為「℃-ute」を脱退しました」

船内で浮遊していた物々はもう一度今度は重力を得て(居場所を与えられて)背景に映り込んでいる。ただ時計だけが梅さんとなっきぃに見送られたあのとき限りにしか見ることができない。つまりどこかへ行ってしまった。

「悲しみなら時間に消えるから」
    (「JUMP」)

℃-uteは10.31という悲しみを10:31という時間に押し込めて葬り去ろうとしていた。

神無月のつごもりの悲劇。ミルクをくれる笑顔の神様なんて本当にいなかった。あと一日遅ければ帰ってきてたかもしれないのに。神無は栞菜でもあるようで、売店でごっつんこするのはめぐから栞菜に取って代わられていた。

文字盤で見ると1:28と10:31はまるで鏡像のごとく対称をなしている。加入と脱退、異なる転機の内に表裏一体としてあるのは新しい℃-uteの始まり。

長針はまだ文字盤の6にあたる部分を過ぎていないように見えるから、これを10:29と見て、メンバーはめぐの脱退を公式発表3日前の10月29日に知った、あるいは何らかのお別れをしたと考えてみることもできる。

日曜日、事務所に緊急召集された8人が別れの円陣コールとか…するわけないか。「8人そろって、はぢけるゾーイ!」のあと、あえてめぐには視線をやらずに無言のまま1人と7人に別れる℃-ute。めぐが何をしてしまったのかくらい、まいまいにだってわかる。顔を合わせることすらなく別れることになったのが実際だと思うけど、それくらいの夢は見させてください。

「夢を見たわ あなたの夢」

でもなんだか泣けてきて…夢の話なのに。とにもかくにもいつまでも会えない現実。

上下左右に重力が与えられた船内を見て真っ先に思い出したのは「ドラえもん」の「重力ペンキ」(コミックス第5巻収録)。狭い我が家でクリスマスパーティーを開くことになって困っているあばら谷くんに、ドラえもんは塗ったところに重力が生まれる重力ペンキを使って壁や天井に新たなスペースを作る。

PVを作っているのはどういう人なのか全然知らないけど、もしかしたらこの話を知っていたということもあるかもしれない。

よく見ればあばら谷くんの家も兄弟と母親合わせて7人で、 殺された父親にめぐをみた 応援企画第8弾と重なる。第8弾はクリスマスSPでもあって、クリスマスパーティーの会場となったあばら谷家同様、そこに父親はいなかった。いやたぶん昼間だから仕事に行ってるだけだ、きっと。
posted by sleeping mizuki at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 【研究ノート】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月10日

「またね」という「おともだち」との約束


例えば歌詞で会話してみよう。
「Bye Bye またね」の舞波パートを呼びかけとして。

「また会いたい 約束してね」

「約束通り迎えに行くわ 自転車乗って」

【徳永・須藤】 約束通り
【熊井・菅谷】 迎えに行くわ
【清水・嗣永・夏焼】 自転車乗って

ほら、7人からのメッセージ。
絶対8人でサイクリングにでも行ってるって(涙)

「またね」と「おともだち」PVに通ずるのは手話とカンペ、音によらず伝えようとするもの。言外に伝わるそれを自由に信じ合いましょう。

「おともだち」を「まいはっち」に替えて脳内で少し歌ってみたら信じられないくらい泣きそうになって、公衆の面前だったので必死で歌うのをやめた。

ありがとう!まいはっち。大人になってもね…。
posted by sleeping mizuki at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 【舞波】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月09日

「Bye Bye またね」をまた歌う


「もっと大きな声で!」

昼夜ともに友理奈に煽られる。「一緒に歌いましょう」とかではなくこんなに直接的なのも珍しいと思う。もっと大きな声で歌えと、この曲を歌えというのか。今見返してみると「スイッチON」で曲フリをしているのは友理奈だった。

歌う方と聴く方がどちらも歌ったら、そこに設定される聴くべき存在は一人しかいない。たとえその場にいなくても。

(じゃないと舞波に聞こえないよ!)

友理奈はそう言ってるようで…。舞波パートがどうなっているのか確認する余裕も全くなく、遠くなってゆくBerryz工房をただ見つめながら歌ったよ、振り付きで。だから友理奈もイチゴ食べてね。

封印が解かれたのではなく、完全に封印してしまわないためのここしかないタイミング。卒業ソングになるのなんて嫌だ。卒業自体がもう嫌だから。
posted by sleeping mizuki at 22:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 【ライブ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

生きるという力、生きる力のための過去


めぐが映ってる最後の映像はやっぱり今見ると当時はなんともなかったセリフがやけに意味を持って胸に突き刺さる。

「私を入れて、8人で℃-uteです!」

「言い訳は聞きたくありません!ちゃんと反省して下さいね」

℃-uteはすでにこの時一つの形を作り上げていた。結成から1年余り、応援企画や℃-uteの日を経てしだいに姿を見せてきためぐをいじめるという構図。7人が1人をいじめるのは一見不均衡に見えて、そのあと1人が7人をまとめて呼び出しするので実は釣り合っていた。

最後の応援企画となった第6弾はめぐいじめの構図としては集大成のように実に完成されていた。めぐは怒ったままでいなくなり、℃-uteから喜怒哀楽の「怒」が失われて代わりに「哀」が否応なしに重くなる。

例えば「JUMP」の

「悲しみ 微笑 未来へ語り伝えたい」

は「微笑」より「悲しみ」の方が先に来るし、「悲しみ」に対して「笑」は微かでしかない。人生には悲しみの方が多いけれど、あえてそれを未来へ伝えよういうわけなのか。語り伝えた先の未来はいつも此処にあって、すなわち悲しみも微かな笑みも此処にある。どこかに置いてきたりはしない。そして悲しみなら時間に消えて、微笑だけが残るはず。

喜怒哀楽で言えば「怒」と「哀」の方が圧倒的に多いんだけどそれを常に「喜」と「楽」で挟むことでなんとか前へ進もう、いやそんな前向きにはなれずともなんとか今この場を耐えてしのごうとする力、それが生きるという力じゃないの。

第7弾の円陣コールの時、明らかになっきぃは「さき!」と言うタイミングが一瞬遅れていた。「舞美!」の次にはもう一人いたから、体に染み付いたそのリズムをまだ消せないでいた。あの一瞬の空白はなっきぃが意識してためらったとかいうことではなく、℃-uteというグループが胸にしまいきれなかった、無意識下にまだ残るめぐの記憶だった。

コールの後、舞美となっきぃの間の空白に割って入ったまいまいは、2個目のサングラスを見て「むらか…あーっ!これも取れてる!」となぜかめぐの名を言いかける。そうか、めぐは壊れたグラサンか。

実際にはそう言ってるのではないかもしれないけど、自分にはめぐの名を呼ぼうとしていたようにしか聞こえないし、舞美となっきぃの間の空間は何かが欠けた空白にしか見えない。メンバーがめぐの頭に見えないはずの角を見たように、僕はそこにめぐを見る。実際に角が生えてるかどうかは大した問題ではなく、「角が生えてる」と言うこと自体が大切な問題。

第8弾では詰まることなくコールをしていて、℃-uteはもう生きるという力を身に付けていた。その場しのぎを続けるうちにいつの間にか前へ進んでいる。

一人準備が早いため円陣の輪から真っ先に抜けていっためぐ。あれが最後とわかっていればあんなにあっさりとは終わらなかっただろうに。
posted by sleeping mizuki at 01:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ノーカテゴリ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月08日

ありがとう!まいはっち


「あり」「がとう」「おともだ」「ち」

なにこのカンペ芸。最後に梨沙子が「ち」を頭上に掲げる。「ち」によって導かれるものは「スイッチON」の「ち」、「イチゴ」の「ち」、「だぁいすち」な「まいはっち」。梨沙子は舞波のことをそう呼んでた。

「え」「が」「お」「に」「な」「る」「わ」

そこに舞波の入る余地はないと思ったけど、7人が舞波に送るメッセージならばなくて当然ではないか。「悲しい別れではなく、笑顔でサヨナラしたいと思います」への、1年半経っての7人の回答だと捉えれば。

最後に食べるのはBerryz工房自身の3周年を祝うケーキ。その上に乗ったイチゴを見てここにいないもう一人を思った人はいるだろうか。3年の歴史のうち半分ぐらいはいたあの人を。「TODAY IS MY BIRTHDAY」と1st〜3rdシングルが続くのは、誕生を思い過去を振り返るためのベタな原点回帰ゾーン。

サイ祭りには便乗、悪く言えば利用させてもらいました。7本のピンクサイに青サイを1本。青いままで時間の止まったつぼみを満開の桜に混ぜてみた。その者青き衣を纏いて群青の野に降り立つべし。青に彩られた季節があったことを忘れないために。

とっておきの会場にとっておきのメンバー。とっておきの卒メンは現れなかったけど、とっておきの思い出はまだ胸に残る。

ところで友理奈、ちゃんとケーキのイチゴ食べた?
posted by sleeping mizuki at 01:20| Comment(3) | TrackBack(0) | 【ノーカテゴリ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月07日

2007/4/1 【2007 桜満開 Berryz工房ライブ この感動は二度とない瞬間である!】 さいたまスーパーアリーナ


関係者受付口のそばにはアニキ、中に入ったら経理がグッズの呼び込み。当然のようにK太郎も来てたらしく、つんくは大名行列とか。なにこのオールスター。

火柱が上がってる間にサブステにスタンバってるなんて常套手段じゃないですか。メインステージとの目線上にサブステがあったのでたまたま視界に入っただけですけどね。サブステにはそこそこ近い昼夜アリーナEの埋もれ席。

「眩しい!あなた!」

まさにこのパートの時、本当に上手側から来る照明が眩しくてベリーズが見れなかった。こんなこともあるんだなぁ。

「もうかよ!」

2曲目とは…。細心の注意を払っていたんだけど、メインステージに行かれると遠すぎて一列なのかどうかよく見えませんでしたー。一応の合図はあったけどそれがスッペの前振りなのかは確証が持てず、そんな親切あるはずないと思って結局コールは途中から。

泣くと思っている曲に限って実際にはライブの勢いに押されて泣けなかったりする。「VERY BEAUTY」はイントロのピアノが爆音すぎてなんかもうピアノの音ではなくなっていた。メインステージはやっぱり遠いし。双眼鏡を使う距離だったけど結局一度も手に取らなかった。モニターを見ていたのもあるし、遠くなったBerryz工房を小さいままで見ていたかったから。その遠さを感じておきたかった。

逆にこういうところへふいに「あいたいけど…」なんて来るとヤバい。「夜も朝も曇りの日も」は「夜公演も昼公演も」。実際にこの日は曇り。

「青春 青春を謳歌しましょ」の「青春」と「素肌ピチピチ」の「ピチピチ!」のしぐさが同じだった。親指と人差し指を広げてあとの指をグーにするポーズ。それを顔の近くで振りかざす。しぐさから見れば「青春=ピチピチ」ということになるわけで。いや、つーかこれ「スイッチON」のポーズか…。

「サクラハラクサ」はそれ自体に特に意味はない、回文のための回文のように思えた。「ハ」は「ha!」だったような気がする。

5人によるMC。ゆりちながいない。℃-uteコンで学習していたのでこれはゆりちなで一曲くるなとわかったけど、「日直」とかパシイベそのまんまじゃん!行ってないから!相変わらず「ファイポ」が選曲される時にはなぜか「ひっぱりだこ」もついてくる。

かつて文化祭2005のパンフレットから見事に舞波を消し去ったあの技術、というか技術自体は易しいんだろうけどあの根性、あれは絶対忘れない。PVでも舞波が映りそうになるとすかさずライブ映像に切り替わる。だけど舞波ヲタの目は捉えていた。後列右端の青い衣装を。なめんなよ。

PVを併映させた「あななし」はあまりにも物語が完結しすぎている。うまい具合に終わりすぎている。これで解散だとしてもそれはそれで良かったんじゃないかと思ってしまうくらいに「終わって」いた。Berryz工房はここで一度終わったのだ。「続なんとか」とかいう思慮に欠けたツアータイトルは当然無視。二度とない瞬間に続なんかないから。なにげに全員での披露は「スイッチON」以来。

タオルより先に銀テープが宙を舞った。取れると思ってジャンプしても全く届かずにバランスを崩して着地。距離感をつかみ損ねるのは今日のBerryz工房みたいだ。意外と近くに来たと思ったら手が届くほどではなくて、また遠くへ行って小さくなる。

終わり際に千奈美が目に涙を溜めていた。その後ろには桜が舞っていて、モニターを通して一瞬見ただけだったけど、その一瞬の美しさにはっとした。10.2のような感情の爆発ではなく、しみじみとした達成感のある深いところからじみ出る涙。

濃ゆい人たちがさらに煮詰まったような空間は完全に失われて、そういう意味ではいつもと違う二度とない瞬間ではあった。

本当にBerryz工房は一度終わったと思う。正確に言えば、終わるのならばこれ以上ない終わり方ができていたと思う。これからBerryz工房はどこへ行くのか。「どこから来たのか」と「今どこにいるのか」だけは確認したつもり。SSAは次なる第一歩だと思っていたけどその先はまだ見えなかった。

春は始まりの季節。新しい靴はどこにある?


posted by sleeping mizuki at 02:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 【ライブ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月04日

梨の節供


花曇りで花冷えの4月4日。

晴れたら晴れたで美しいと言われる一方で、曇っても寒くてもそれは桜のせいにされる。春がドキドキするのも、突然雷が鳴って雨に振られるのもきっと梨沙子のせい。

「愛する人の名前を日記に」で前を向きながら後ろへと下がっていく梨沙子は、本当に遠くへ行ってしまいそうでひたすらせつなかった。「いつか大人になった朝」がもう来てしまったかのようで。いつも背中を追っているばかりだけど、その背中すら見せずに遠くへ行くのはやめてよね、梨沙子。

嗣永「13歳になったら何やりたい?」
菅谷「なんだろ…?何かしらやりたいね、でも」

嗣永「ちなみにさ、ケーキは何味がいい?」
菅谷「あー…あたしケーキだったら何でもいい」

嗣永「じゃあ梨沙子は質問ありますか?」
菅谷「なぁい!」

2007年4月3日「起立!礼!着席!」


話を広げようという気なんて全くない梨沙子。誕生日に一人ケーキを食べる(絵を描く)梨沙子。窓の外には散る桜。それが梨沙子らしい梨沙子。

ハロショで買った期間限定のバースデー写真はなんでこれで100円アップするのか一向にわからないメタリック仕様で、レシートには「シャシン スガヤ メタ」と表記される。梨沙子が梨沙子を演じることなく、いつまでも梨沙子のままでいてください。

曇り空はにわかに薄暗く、街灯に照らされて夜桜を見るよう。滝のような雨と風が桜を散らすというより落としていた。緑色も混じってきていてたぶんこれで今年の桜は見納め。今年の4月4日は春雷轟く雨の中をとぼとぼと歩いた。あの雷鳴は何の合図だったんだろう?

横を向いて何かを待っているかのような梨沙子は、きっと桜が咲くのを待っていたんだと思う。秋の真っ只中に。SSAのグッズ売り場で見たコメント色紙はまるで桜のような淡い色使いだった。桜を待って桜が舞って。

桜とは木の横に立つ女、その上に舞う花びら。


sakurasaku.bmp
posted by sleeping mizuki at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 【personal analysis】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月02日

「ハピネス」の舞波パート「口づけの季節」について


「スイッチON」以降隠されるようにカットされてきた、二つあるうち最初の「口づけの季節」。

昼公演では千奈美が歌っているように聞こえたけど、それはたぶん勘違いだと思う。夜公演では確かにキャプが歌っているのを聞いたから。
posted by sleeping mizuki at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ライブ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする