2007年12月31日

紅白前夜


「紅白なんてポップジャムの年末特番だと思っている」と言う声にはまさに共感で、もう少し幅広い年齢層を考えれば歌謡コンサートとの合同年越し(越さないか)ライブにすぎないのだけど、特別審査員としてなかさきに(が?)似てると巷で噂のあおいちゃんとか、「桃子」「賞金獲得」という見出しを見るたびに嗣永家にある(はずのない)学習机兼食卓のミカン箱を思い浮かべさせられたゴルフ界のももちとか、めぐに間違われたガッキーとかが一堂に会するというのはもうそれだけで意義がある。トップバッターという順番も、愛理がゆっくりとBoAさんの曲を聴けるようにとの配慮だと思われる。21時またぎではなく始まってすぐなら、岡井家の三女もまだ起きてるだろう。気になる発言もある。

「℃-ute 紅白出場うれしいナ。大晦日の予定は決ったぞ」

『ムギムギデイズ』 2007/12/08 「ス〜イスイ♪」

行くんですね塩田さん。たしかめたいことがあるんですね。℃-uteも絶対勇気付けられるはず。そして次なる作品への新たなインスピレーションが得られることを期待しています。「℃-uteのPVを撮りたい」と言ったその夢のつづきを見るべく、僕は寝ます。

特別な大晦日 ドキドキが走り出す
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まだ知らない朝が来た夜


これは白い革命だ。代理でつんくが出てきたときには若干テンション下がったけど、℃-uteの名を読み上げたエビちゃんの声は一生忘れないだろう。顔はよくわからないんだけど。

TBSGJ!GOODじゃない!GREATだ!GREAT JOURNEYだ!それなんて人類進化の道のり?いやGOD!むしろ神!TBSは神!帰り際の℃-uteを捕まえてくれてありがとう!仕込みとかもうそんなのどうでもいいから!楽屋が「Dressing Room 11」なのは9・10のその先にある聖域だからだって!途中暇だからアポロ計画捏造説(他局)とか見てたんだって!9時前に小窓のなっきぃが呼ばれたふうだったからやっぱり帰るのかなって思ってたのに!

みんな泣いてるよ〜…。そう、チッサーは寝るキューの千秋楽のときもあんなふうに笑顔に涙をためながら「桜チラリ」を歌っていたんだ。栞菜もあんなふうに鼻を赤くしていた。やっぱり栞菜の「な」は涙の「な」だったね。愛理は少し控え目に下がり気味。普段はセンターを与えられるからそこに収まるけど、フリーになれば一歩下がるのが素の愛理だと思う。ガンガン前へは行かない。めぐもそうだった。カッパの目にも涙。いやこれは皿の水がこぼれたと言い張る愛理ガッパ。違うこれは汗だと言い張る舞美。今宵の汗は目からこぼれてたね。目を閉じると星空が見えるハトミカの目からは閉じてもあふれてくる涙。もういつの間にか寝るキューになってる。千秋楽はちょうどこんな感じだったんだよ。ノリマツとイシゾーが抱き合ってる。「組む?」から始まるヒロインはいつかの憧れやっとここで叶えられた。なっきぃは気合を入れてるのでデコは出す。後ろに流す髪がいつもとは逆。だからなっきぃ、黒い服はダメだって…スズメバチが…スズメバチが…。いや、今は冬だから大丈夫だね…。見える!見えるよ!後ろの鏡に光るのは夜空に溶ける流れ星。そして夏美の後ろ姿。こういうときに場を締めるのはリーダーの一言と相場は決まってる。℃-uteにストップ高なんてない!さぁ!ビシッと決めちゃって!

あれ…?まいまい?

マイクを向けられたまいまいはしゃべらずにリーダーの様子を伺う。

「舞ちゃ〜ん…(涙)」

「もう無理」っていう合図。愛理が梅さんに教えることもあるという逆転現象をここに見た。しっかりしゃべって変顔までかます余裕が恐ろしい(舞語は封印)。どっからどう見てもまいまいがリーダーです。ありがとうございました。

ニュースです!なかさきちゃんが最優秀新人賞を獲ったんです!テレビの前の熊井ちゃんはそうはしゃぐけど、そのうれし涙には少しだけ悔し涙が混じっているかもしれない。そしてそっとつぶやく。「なかさきのくせに…」。明日の熊井ちゃんがいつもより小さく見えるとしたら、それはとなりのなかさきがいつもより大きく見えるせいだ。ふたりはどんな顔して会うんだろう。

これからオールで脳内おめでとうコンサート!明日も仕事だけど、でもぉ!でもでもぉ!でもそんなの関係ねぇぇぇ!うぇぇい!いぇーーい!おめでとーーーーっ!うわぁぁぁーーーーん!!!(涙涙涙)つんくとか来て超楽しかったぁーーっ!でも途中で寝ちゃうかも。だって寝る子はキュートだから(涙)僕は今夢の続きを見てる。

「兎にも角にも明日まで会えない現実」

これは長い間会っていない末にやっと会える待ち焦がれではなく、今日も会って明日も会えるけどでもその明日までの時間が長いという一日千秋だと解したい。待ちくたびれても気持ちはずっとずっと…もっと℃-uteきっと℃-ute。明日もまた晴れの舞台が待っている。

「Wao!そのままもういっちょう!」

寝るキューのときは次の日が来てほしくなかった。終わりに近づいていくのが嫌だったし、その日見たことがあまりにも大きすぎてうまく消化できなかったから。目を閉じればいつまでも流れ星が浮かんでいた。永遠に明日なんて来なければいいのに。半年前の感覚がよみがえってきた。

今日も明日も現場に行けないのは梅しいけど、今まで自分が行けなかった現場はそのままなかったことになっていたのを思えば、こうしてテレビで見られるなんて贅沢だよね。とりあえず明日はデイリーを買おう。

舞波!めぐ!見てた?見てなくてもきっとニュースは伝わるよね。いた方がよかったともいなくてよかったとも思わないけど、ここにいたことを誇りに思ってもいいと思う。思ってほしい。思える?

causionテープがほどけるあの場面のように、楽屋の様子をコマ送りで見てみたよ。BGMはもちろんあの曲。ほら、わかるでしょ?タータ〜タタタ、タータ〜♪(わからない)サントラ作ってくれないと自分でタイトルとかつけちゃうよ。

後ろに控えるテレビには℃-ute自身が映っていて、テレビの中のテレビにもよく見えないけどたぶん映っていて、永遠に繰り返されているであろうその連鎖は、見上げれば美しい、GIRL無限なこの夢。夢が叶ったこの場所が無限に広がっているという輝跡。

さらにその上の時計は21:30を指していて、めぐ恋PVでは9:00だった校舎の時計から時は確実に進んでいて、進むどころか一回りしていて、℃-uteは910を追い越していく。

どんな時も正直なら胸を張ってその先へ 「All right 進んでけ!」


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2007年12月30日

まだ知らない朝のために


有線大賞では℃-uteの後ろに座っていた氷川きよしにスポットが当たった。スポーツに限らず男の涙はカッコいいね。舞波ヲタなんてスイッチON!見ればすぐ泣くけどね。でもって今度は℃-uteの番。

有線の実績以外にどんな要素がどれだけ加味されるのか確かではないけど、なぜ新人賞ではなく有線音楽賞というとってつけたような、いつでもねじ込めそうなポジションに置かれたのか。有線へのリクエストを煽った手前、実際に無理矢理ねじこんだから。単に実力が新人賞には及ばなかったから。それともレコ大の大きな賞でもてなしてもらうために有線では控え目にしておくという作戦、略して大もて。

ただ一つ確かなのは、最優秀新人賞なんか獲ったら℃-uteヲタなんてすぐ泣いちゃう。ねじ込みでもいいから。

矢島「ファンの人、スタッフさんに感謝しないといけないと思いました。ここまできたら最優秀新人賞を獲りたい。気持ちでは負けないです!!」

「デイリースポーツ」2007/12/24

まさに甲子園決勝の朝を迎えた高校球児のような心境とみた。それまでの死闘が嘘のような晴れやかな気分。「ここまで」が指す「ここ」を鮮やかに切り取ってくれたデイリーには、結果の如何に関わらず今年の最優秀新聞賞を贈呈します。今こそテレビに映ってる姿を熊井ちゃんに見せつけてやるんだ!なかさき!

★中島早貴(なかじまさき/小学3年生・8歳)
「ここまで受かってすごいと思いました」

「ポケットモーニング娘。」2002/7/1

5年半の時を遡り原点を見つめてみれば、なっきぃは「ここまで」と言ったその先のさらに先のはるか先のそのまた向こうの先の先まで来ている。でもそこで終わりではなく、まだ知らない朝もある今は夜明け前。
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2007年12月29日

NS納め

「日中首相がキャッチボール」 (時事ドットコム)

southpaw.jpg

写真は 「中国情報局NEWS」 (URL:探しちゃいな)より


キャッチボールは二人でするものだと思っていたけど、福田首相は向こうの首相から受けたボールを違う人に返していた。直接の交渉ではなしに仲介を必要とするところがまさに微妙な日中関係をどーたらこーたら…じゃなくって気付いたのは、温家宝首相はサウスポーだということだ。

わたしが右ならきみは左かよ!いつも合わない意見かよ!この話題で右と左って言うとまた別の意味が生じるから言葉って怖いね。正反対だけどなぜかぴったりくる磁石のNとSみたいに、半島のNとSもいつか一つになるのかな。でもその前に革命がありそうだね。革命の色は赤でも黒でもなく白だということを昨日の「きら☆レボ」は言っていた。

白い革命、雪の革命といえば2・26。歴史を振り返ってみればそれから60数年後に起きていたのも革命だったのかもしれないね。のちに「革命を起こすくらい」とも言われるし。Berryz工房がデビューした翌日未明のことでした。

4 名前:名無し募集中。。。[sage] 投稿日:04/03/04 04:36
   キッズヲタニ告グ

一、今カラデモ遲クナイカラ娘。ヘ歸レ
二、抵抗スル者ハ全部ロリコンデアルカラ射殺スル
三、オ前達ノ父母兄弟ハ國賊トナルノデ皆泣イテオルゾ

              二月二十九日  戒嚴司令部

「俺の知ってるキッズ」

2・26は未遂に終わったけど、こっちの革命の成否は今のこの状況を見ての通り。ちなみに「二月二十九日」という日付、原隊復帰の勧告が出されたのは確かにこの日付で、ベリがデビューした2004年もまた閏年という、なんという偶然。閏年は革命の起きる年なのかな。さらに4年前の年の瀬にも恋愛と名の付く革命があり。それならば2008年も革命の年。きらりんの方はまだ続く。92年も閏年だよ舞波。

福田首相は「福田が(中国に)来たということは、福が来たということだ」とも語り、講演に出席した800人余りから拍手を浴びた。

「朝鮮日報」2007/12/29

そうか!花音も行けばよかったのか!こっそり晩餐会とかに忍びこん…ゲストとして参加して、温首相にちなんで「サウスポー」とかいいんじゃない?そうだね、サキチィーとふたりでおそろいの衣装におそろいのリボンで双子じゃないのに双子みたい!なんて言われたり。それでゆうかりんは相手のお偉いさんとデュエットなんかしちゃってたりして。そんな様子をのちほど花音がブログで報告、と(全部現実)。ゲリライベを自らレポートする、そんな時代になったんだねぇ。サウスポーの明日菜も連れていって!

そういえば昔、日中友好なんとかのイベントで日本を代表するアーティストとしてタンポポ(いわゆる3期タン)が出てたっけな〜懐かしすぎる。


(参考)

『きらりん☆レボリューション』
第90話「黒フェス!ステージにきらりん大集合!!」
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2007年12月27日

「Berryz工房 起立!礼!着席!」 #195(2007/12/25)


熊井ちゃんの音響効果(チャイム音)には、小学校のころ放送委員だったことを思い出してしまうし、「用のない生徒は帰りましょう」のナレーションが続けざまに浮かんでくる。

で、そんなことより「恋愛ライダー」。曲がいい。なんといっても曲がいい。一瞬「付き片」かと思わせるイントロに続いて雅と桃子のAメロにやられたよ。深呼吸じゃなくてため息。良曲を前になす術のない、これはため息。もう完全につんくの手を離れてるじゃないか。続いて愛理。

「言いたいくせに言えないんだよ 伝えたいな舞波ぁ!」

…愛理に呼ばれるとは思ってもみなかった。自分の中にいる舞波はMy heartすなわち自分自身の心であって、アイドルを見つめることは、結局は自分を見つめる自己物語へと視線が戻ってくる。

アイドルは社会を映す鏡と言う。横から覗きこんだときに、そこには確かに社会が、時代が映り込んでいるかもしれない。ただそれを正面から見てしまったとき、アイドルはヲタを映す鏡とも言われるように、なるほど舞波を通して見ていたのはあきらめの悪い自分自身で、今も目の前にいて自分を映すか、姿を消すことで内面化されて心の中にいるかの違いだった。

しかしまた同時にヲタはアイドルを映す鏡でもあるようで、誰のヲタであるかによって一定の傾向が見えることがあるのもまた感覚的な事実ではある。そうして鏡と鏡が合わさるとき、互いの奥深くに横からは見えない無限の可能性が広がる。脱け出せないと言う意味では無間の地獄でもある。恋してる限りデコボコだらけとか言うしね。そうして僕はまた鏡を見つめてる。

積極的な誤読をもう一つ重ねるならば、冒頭の愛理パートはラジオドラマ「Berry X'mas」へと立ち戻る。まるでこの日に、このドラマと、この曲が流れることが必然であったかのように。劇中映画「マッスルに恋して」を観て桃永嗣子(実際にモモナガ姓は存在する!)がグッときたセリフ。

クマー「それじゃダメなのよ!はっきり言わなきゃいけないの。大事なことであればあるほど、ちゃんと言葉にしないと伝わらないのよ!」


(参考)

【MYHONEY】石村舞波向上委員会【MYHEART】

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2007年12月25日

花になる

ichigochan.jpg

「くいしんBuono!」 2007/12/17 鈴木愛理

ヘタを下に向けてサークル状に並べたイチゴ。家にあったイチゴを写真に撮るときに、無造作に置かれたままを撮るのではなくおそらくは愛理の手でこのように盛り付け≠したのだと思う。

逆さになったイチゴの円環は「桜チラリ」曲中、間奏のフォーメーションを思わせる。この曲に多様な解釈が許されるとすれば、福岡遠征のついでに九州国立博物館で見た石棺蓋浮彫拓本「璧を取り合う龍虎と牽牛織女」(画像見つけられず)の逆さまになっていた牽牛と織女を重ねていた。石棺の蓋に彫られたものだから、全天の広がりを感じさせるべくしてなった配置であって、それを二次元に落とした拓本で見て「逆さま」と言ってしまうのは誤った空間把握であるに違いないけど、「桜チラリ」のあの6人のように背を反らして夜空を見上げたときにこの逆さまの牽牛と織女はまっすぐに見えるんじゃないかという、それは星になった(今も)女の子とちぎれるほどに手を振った(昔の)男の子をめぐる曲解釈の延長でもある。

秋の桜はコスモス、冬に咲くのは冬桜。春は言うに及ばず、葉桜とも言わなくなったころに咲く夏の桜を、「寝る子はキュート」のおかげで見れるようになった。

かつて「桜」といえば、「Risako」で桜の木の横に立つ梨沙子とその頭上で半年先に散るであろう桜が、この字に浮かぶ象形的な空想を満たしてくれていたのだけど、夏の桜を思えば、クヌギの木に近づいた少女がスズメバチに襲われる悲劇が見える。満開の桜の下で狂気を得る話があったように、そしてそれがその話だけにとどまらないと感じられるように、木の下というのは思いがけずに恐ろしい。しかしながら寝るキューは悲劇の遠い先にあった美しい物語で、梨沙子の頭上にあった桜の枝にも半年経ってちゃんと花がついていた。千秋楽から半年、まだその物語の全てを見た気にはなっていない。

イチゴが一つ足りないのは9/9大阪ver.かそれとも9/15名古屋ver.か。実際に確かめたことはないけど、一般的なソメイヨシノは花弁が5枚だという。愛理のイチゴを5枚の花びらを持つ桜に見立てることもできるし、℃-uteの桜は花びらが一枚多いと見ることもできる。「一人少ない」ではなく「一枚多い」と言うときに、かつて空白を抱えながらそれが今なお余りある充足に満ちている℃-uteという豊穣な世界が開ける。皿の上に広がる宇宙。頭に載せるだけが皿じゃない(愛理ガッパ)。

まいまいは「花になる」と言った。まいまいが言うハナといえば「鼻」以外にはありえなかった夏以降、花になっているうちの一人が「花になる」と言うことで、それは本当に花になっていた。
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berry X'mas


果物そのまんまの甘味があって、とーっても美味しかったですo(^-^)o

「くいしんBuono!」2007/12/17 鈴木愛理

舞波がイチゴが好きだと言っても、僕はもともとあまり好きではなかった。イチゴは甘いだけではなく甘酸っぱいから、果物ならもっと甘い物の方が好きだった。でもあるときイチゴのどんなところが好きかと聞かれた舞波は「甘酸っぱいところ」と答えていて、それが無性に舞波らしかった。甘いだけじゃダメなんだ、と…。

ところが、いつどこでそんなふうに舞波が言っていたのか、さっぱり思い出せないし探しても見つからない。あるいは完全に脳内なのかもしれない。それならそれで自分の中の舞波が一人歩きしてるということで、その一人歩く舞波を見て自分の中にどんな舞波がいたのかを知る。

そもそも愛理の家には甘酸っぱいイチゴなんて置いてないのかもしれない。愛理が食べてるイチゴと舞波が食べてるイチゴは違うのかもしれない。愛理はイチゴの甘酸っぱさを知っているのだろうか…?

スイッチON!の青サイ祭りは、アンコール明けからの青い衣装、さらには「Bye Bye またね」の深い青を基調としたライティングとあいまって幻想的に美しく、黄色や白やピンクほどには明るくないのがまた舞波らしく、しかし炎は赤よりも青の方が温度が高く、とうに沸点は越えていた。自分自身乗っかったし異論を挟む余地は全くないほどにすばらしいのだけど、今にして抱く夢は1階席が赤、2階席が緑という舞波を包むstrawberry fields。

今でも甘さを求めてイチゴを食べることはない。だから僕がイチゴを食べるのは、味にひかれてではなくただ舞波を思うためなのです。安物だからってわけじゃないけど…本当にイチゴは甘酸っぱいね。

でもあの花音がクリスマスにイチゴのないチョコレートケーキを食べるという世知辛い世の中、ただこんな日だけはショートケーキのイチゴちゃんにかぶりつく愛理を思ってもいいかもしれない。食べ終わった皿を頭に載せているんじゃないかと心配で心配で。



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2007年12月16日

2007/12/13 『週刊少年チャンピオン』2・3合併号「まんが誌初登場!!キュートな℃-uteのXmas Party♪」

[クリスマスで一番思い出に残っているプレゼントは?]

萩原「そのつもりはなかったのに、お姉ちゃんにつられて買ってもらってしまったお人形。…ですが、そのお人形が苦手だったので一回も遊んでません。。。」

--世の中で一番怖いものは?

バービー人形、ねこ

「B.L.T.U-17 vol.2」 ℃‐ute100question 萩原舞

なんとなくこの話とつながっていそうで、思い出というよりは軽いトラウマになっているようにも思われる。表紙と最終ページでのまいまいサンタの寸分違わぬ笑顔が怖い。砂糖ごはんを食べさせられて逃げていく舞美に高笑いするまいまいが怖い。

hyousimaimai.bmpsaisyuumaimai.bmp

   (表紙)  (最終ページ)

岡井「SMAPさんのCD(3才の頃)」

明日菜に同じ質問をして「SMAPさんのCD(1才の頃)」だったら笑える。明日菜よく覚えてんな〜、じゃなくてプレゼント一緒かよ!みたいな。パインは℃-uteが決まったときに、リップは「34丁目の奇跡」のときに千聖が買ってもらった。千聖はまた犬が欲しいとか言ってるけど、お母さん、明日菜にも買ってあげて!でも明日菜が「犬が欲しい」と言うのを寡聞にして知らないのは、リップやパインが来るよりもずっと前からチッサーという犬の面倒を見てるからなのかもしれない。明日菜は犬のシャンプーで頭洗ったりするのかなぁ。しないだろうなぁ。トナカイカチューシャはおそらく千聖が自ら進んでつけたんだと思う。ツリーのてっぺんの星を飾り付けるところが見たかったです。

なっきぃはハートをわしづかみ。

wasidukami.bmp

梅田「そんなこと言ってるなっきぃ?今日のコンサート中にやり切りたいことは何ですか?」
中島「あと何十分とかしかないんですけど…」
ヲタ「エエエエェェェェー!?」
矢島「そうだね」
中島「だね。まぁそんなの決まってるじゃないですか。みなさんの心をわしづかみしたいと思います!」

「始まったよ!キューティーショー」MC4

今年もあと十何日しかないけど、見事にわしづかみされましたー。

中島「私のプレゼントじゃないんですけど、妹のプレゼントでポップコーンを作る機械が届いて、それに私がはまっちゃいました」

ここで留意しなければならないのは、妹のプレゼントを無理矢理にぶんどったらしいことが婉曲的に表現されていることではなく、ポップコーンによって、作り方をよく読んでいたあの巨熊との接点が伺えるということだ。ハロプロ広しといえどもこれだけ一所懸命にポップコーンを作るのはこの二人しかいない(…んじゃないかなぁ)。撮影は河野英喜カメラマン。奇しくも巨熊のファーストソロ写真集と同じだ。

そしてポップコーンといえば懐かしの「ポップコーンラブ!」。Enjoy! I'll Be There!こっちも河野さんだった。

もう一つ注目してしまうのが「So Cute!」以来と思われる下ろしたストレート。あのときと同じ白い衣装で、三グループに別ける組み合わせも同じ。髪を下ろすと前髪の分け目がいつもと逆になるのも同じ。気合をいれるときにはデコを全開にする(ように思う。放課後の横浜とか)なっきぃの、白い服を着ることと髪を下ろすことと分け目を変えることに見られる相関関係とは一体何か?髪を下ろすだけにまさに神が降りてくるね!(まいまいも)

リボンが大好きな栞菜の頭と胸にリボン。これは栞菜自身のチョイスなのかスタイリストさんのGJなのか。胸のリボンには黒いドットがあって、「今年はドット柄が流行るんですよ」と5月のB.L.T.イベで言っていたことに気付くけど、巷ではドット柄が流行っていたのかいなかったのかさっぱりわからない。どちらにしても栞菜は生まれたときからその身体にドットを刻印していた。そう、あの黒は栞菜のホクロに見える。涙が通るからホクロがあるのか、ホクロがあるから涙が通るのか、どっちだろうね栞菜。

℃-uteサンタを生で見れなかったのは確かに残念。ならばというわけで夏は浴衣で握手をお願いします。これはこれでメリーキュリスマス!!


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2007年12月14日

白いTOKYOは絶望だって背景に変えちゃう


津軽には七つの雪が降るとか言うように、白いTOKYOにはいろんな「ずっと」が降り積もる。最初はとうてい持っていなかったような意味を、まさしくそっと忍ばせるかのごとく。

いない一人を炙り出すような冬ハロ。いなくても「ずっと」

炙り出しても出てこないと知った初デート。これからは「ずっと」

一人思いを秘めていた品川。いなくなるけど「ずっと」

4年の時を遡るやまなし。今まで、そしてこれからも「ずっと」

もうすぐ別れを告げなくてはいけないときの「ずっと」には、残り少ない時間の刹那とそこに願う永遠が込められる。一瞬と永遠が背中合わせにあることを教えてくれる。

この季節になるとどこからかこの曲が聞こえてくるようなハロプロであってほしい。いつまでも、いやずっと。全員集GOのオリメン5人ver.が映像化されるのもずっと待ってる。

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2007年12月09日

岡井姉妹の日常


岡井(千)「兄弟みたいに仲がいいのでもう!」

DVD「MAGICAL CUTIE感謝祭2007」

いわんや実の姉妹をや。兄弟(姉妹)とは仲が良いものだ、という岡井姉妹の日常。競技中にはほとんど絡むことのなかったふたりが舞台裏で少しだけ見せてくれた2ショット。

コートに出ていく直前、千聖は明日菜のいる方へと歩み寄るが、そこで何をしているのかはかんなっきぃに隠れて見えない。愛理となっきぃが唇を近づける瞬間、それが同じく今にも唇が重なりそうなまいまいと梅さんの頭に遮られるという、放課後で見たような神秘のベールに包まれる。と思ったら千聖はハチマキを結んでもらっているようで、明日菜はサキチィーとめぐ恋を踊っていた。

「妹と一緒に映画を観に行った」と言う千聖(「kindai」2008年1月号)。普通に仲の良い姉妹。感謝祭終了後、並んで歩くふたりはあまりにも自然だった。でも明日菜がピースなら千聖は裏ピース。明日菜が並んで立ったときに、裏表のない千聖の表と裏が見えてくる気がした。

デリステ02開演前の楽屋で「変身!変身!」と叫んでいる明日菜はどう見ても千聖だった。この姉妹を見るときに、どうしても千聖の方をよく知っているから、千聖を主とし明日菜を客とし、明日菜には無意識のうちに千聖に似ている部分を求めてしまう。では逆に千聖の中で明日菜に似ているのはどんなところなんだろう…。それは姉を客とする明日菜自身のアイデンティティを見つけることでもある。

単推し、箱推し、一家推し。そうだ、岡井家ヲタになろう。いま日本で一番推せる一家。パパもママも知らない間に僕は恋を知るみたい。

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2007年12月07日

もうひとつの℃-uteの日


木更津で℃-uteがお披露目された2005年6月11日を第1日目とすれば、今日2007年12月7日はそこから数えて910日目。1年をサイクルとする℃-uteの日とは別の、910日ごとにやってくる℃-uteの日。

ベリは1年半をおおよその単位として時代を区切っているように思う。CDデビュー、舞波の卒業、桜満開のSSA。

・CDデビュー(2004年3月3日)〜舞波卒業(2005年10月2日)=約1年7ヶ月
・舞波卒業〜SSA(2007年4月1日)=約1年6ヶ月

同じようにめぐの脱退を区切りにするならば、℃-uteはベリよりも少しだけ早いサイクルで後を追っていることになる。

・結成(2005年6月11日)〜めぐ脱退(2006年10月31日)=約1年5ヶ月
・めぐ脱退〜紅白単独名義出演(2007年12月31日)=1年2ヶ月

お披露目から紅白まで、℃-uteの時代の結節点として「910日=2年半」という単位を当てはめることはできるだろうか。これを「1℃-ute」とすれば来年は2℃-ute目の始まり。5℃-ute目ぐらいになったときにはきっとまいまいがハロプロを牛耳っていて、めでたくエッグ入りした岡井家三女にいろりんがオバちゃん呼ばわりされている、すばらしい未来。

とかいってまぁそんなことはどうでもよく、そしてこれはもっとどうでもいいことに、今日は自分の誕生日であったりもする。え?いくつになったかって?ノーコメント!そんな言い方よくないよオジさまに向かって。ゴメン、イシゾー…。さあオジさま、もう一度質問して!あ、はい。いくつになったんだい?…ご想像にお任せします!結局答えないんかー!

加護ちゃんが言ってた。いくつになっても青春だよって。一回きりの青春だとも言っていた。でもその一回が長いんじゃないか。

おめでと!俺!
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Dohhh UP!「Berryz工房&℃-ute『第58回NHK紅白歌合戦』初出場決定」


何をするのかもわからないのに衣装を着せられている(あえて「着せられている」と言う)ベリキューに、これがアイドルなんだなぁという思いを抱く。ベリキューが事務所にいること自体が違和感。ヲタ(ファン)とアイドルと事務所という三者は確実に存在していて、ただその距離感の捉え方に隔たりがあって、見る位置によって搾取―被搾取の関係に見えたり、三角関係に見えたりする。いつもはヲタ目線の想像的延長であるはずのカメラアングルはここでは事務所の人目線になっていて、それが違和感の最たる要因だと思う。

栞菜の見切れ力が舞波級。最後に部屋を出るときはカメラに見向きもしないで顔を背ける。今さら隠す涙がまだあったというのだろうか。

ハンドタオルいかがですか?

僕が先に涙を拭いたから、使ったタオルになっちゃったけど。テンション、上がるよね。
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2007年12月06日

2007/11/24(夜) 【℃-ute Cutie Circuit 2007〜都会っ子 純情〜】 横浜BLITZ


「ダンスレッスンをしていたら『岡井!』と呼ばれてビクッとなったけど、それは妹のことだった」

キューティーアクトレスクイーンのチッサーへのお題より、これはいわゆる「サキのジレンマ」っていうやつですね。大好きな石川さんに「サキちゃん!」って呼ばれて振り向いたらキャプテンと話してて、チッ!そっちかよ!石川さん尊敬はしてるけどいいかげんそこはなんとかしてよっていう。

岡井「本当にそんなことがあったんですよ!去年。それで半泣きしちゃったんですよ」

それってお姉ちゃんが半泣きするくらいの勢いで明日菜が怒られたってことじゃないの?明日菜かわいそうだよ明日菜。

なんだかものすごい差があるように感じてしまう二人だけど年の差は2つしか違わない。2年前の応援企画ですごい掃除をめぐって論争したり最後には涙を見せていた千聖と、不慣れそうに大もてを踊る明日菜(とサキチィー)が同じ年だなんて。いま脳内で2年前の千聖の隣に現在の明日菜を立たせようとしてみてもうまく想像できない、やっぱり不思議な姉妹。お互いを何と呼んでいるのかすらまだ僕は知らない。見返してみた応援企画第2弾、「この子は誰?℃-ute写真館」で映った千聖の着物姿。

「妹は小さすぎたためサイズの合う着物が見つからず、仕方がないのでドレスを着てた」

千聖が着物なら明日菜はドレス。本当にこのふたりは…いつも合わないセンス。

舞美に「オリコン1位とって!」と声をかけた。記憶がおぼろげだけど舞美は「ハイ」って言ってくれてたと思う。きっととってくれるよ。舞美がとるといったらとるんだよ!その日は絶対来るんだよ!惰性でハイって言っただけかもしれない。僕の言葉は聞こえてすらいなかったかもしれない。でもそうやって声に出しただけで、なんか本当にとれるような気がしてきた。そうなったときの状況が少しだけ見えるような気がした。大きな夢を翳したら、そこから神秘が始まる気がした。

最後に通り過ぎるのは栞菜。「おつかんな!」に「おつかんなです」って言ってくれて、全く笑っていない顔と目が合った。すぐまた栞菜は目を反らすけど、もう目が合うだけでうれしい。最後に栞菜と目が合ってよかった。なっきぃの茶色い瞳も忘れてないよ。突発がなければ個人的に今年最後の現場。あれ?ロビケロのイベはないの?CDのどこにも応募券がないんだけど…。
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2007年12月05日

紅白の噴水広場でスカーレットの胸さわぎ!


よっしゃ!よっしゃ!よっしゃ!

見事にねんまつになっちゃった初出場!台湾戦で新井が先制タイムリーを放ったとき、星野監督は「よっしゃ!」と3回言ってた。ファウル判定されたときにはどうしてここに金森が達川がいないのかと思ったよ。でも結果オーライ進んでけ!星野・田淵・山本の仲良しトリオはまさに僕らの輝き。これでももちももうウサじいに隠されたりまいまいに遮られたりしないですむね。

相次ぐ受賞劇にこれまでベリが無縁だったことを思うと、℃-uteのそれには明らかに政治的な力学がはたらいていることは想像に難くないが、戦略の違いだと考えれば賞なしでここまできたベリはやはりすごい。ベリコンを観に行って悔しくてボロ泣きした(一部悔しいって言葉もわからなかったまいまいあり)日から幾年月、℃-uteはベリと同時に同じ舞台に上がることとなった。これを「相乗効果でライバルいっぱい」と言わずしてなんと言おうか。

これまでにないメディア露出によって「中さきちゃんがテレビに出てるんです!」の意味が変わりつつあることは間違いないだろう。このセリフはもう古い。これからは「中さきちゃんとテレビに出てるんです!」これだ!せっかくなかさきが後列ベリーズ寄りに陣取ったというのに、熊井ちゃんは恥ずかしがって逃げちゃってる。

ところでハロプロって3枠もあったっけ?どうやら紅白スペシャル隊で1枠のもよう。変なメドレーに組み込まれたりしちゃうんじゃない?でも、でもでも!でもそんなの関係ねぇ!いいじゃんそんなの!自曲が歌えるかなんてそんなのどうでもいいじゃん!℃-uteが、ベリーズが今!記者会見の場にいることが!うれしくてうれしくてうれしいんだよ!というわけでスッペとJUMPでお願いします。ええ、スッペは2年以上前の曲ですけれども、もう年なんか関係ないっすよ。ベリにとってのスッペは寺尾聰にとっての「ルビーの指環」ぐらいにすごいんだよ。たぶん。

NHKの9時のニュースをこんなにwktk待つのは初めて。AKBも出るんだ〜。でも触角の子は卒業しちゃうとか。リア・ディゾンね、栞菜の憧れだね。ちゃんと匂い嗅いでおきな!はいはい、しょこたんねー。ギザカワユスだねー。それで℃-uteは?ベリーズは?あれ?娘。もスルー?なんで?なんで?なんで?鮮やかに軽やかにハロプロ全スルーですかー?ニュースの冒頭、少しだけ映ったとっくまにカメラマンの意図を感じる。

で?で?舞美は?寝過ごしてる?電車寝過ごしちゃってる?何駅寝過ごしてんの?会場間違えてる?日にち間違えてる?たとえ5分でも遅れたら言ってやる。「ううん、5分じゃないよ。いーい?あんたは初出場組66人を5分ずつ待たせたでしょ?」…。

見ているか受験生2人。受験生たるもの大晦日の夜はコタツに入ってゆっくり紅白なんか見てる場合だよ。

歴史が繰り返すならいま切に思う。バックダンサーにエッグを!お茶の間にいろりんを!まぁなを!今度はサキチィーに邪魔されるももちを!そして密かなる岡井姉妹の共演を!会場に駆けつけるパパ。三女にテレビを見せるママ。パパもママも知らない間にリップとパインはもう寝てる。大きな仕事を終えたチッサーを迎えて一家団らんする暇もなく、夜が明けたら岡井家恒例、1月1日の「すごい掃除」が待っている。

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2007年12月03日

北京行っちゃおっかな〜


はぁ…。

ちがうよ!深呼吸じゃないから!ため息ついてんの!こんな試合は観るのも苦しい。北京まで体が持たないよ〜。

6回にして憲伸から岩瀬へのリレー。代打井端、代走荒木。これなんて星野中日?ここで井端がバントを決める。さすが井端はいいバッター(by千奈美)。

古田は何回「がんばれ」って言った?がんばってないはずはないのに、もうがんばれしか言うことがないよ。

9回が始まる前、矢野と上原が話すところへ阿部が駆け寄ったのは韓国ベンチから矢野の唇の動きを隠すためだったのだと思う。ピッチャーがグラブの中でボールを握ったときの筋肉の隆起で球種がわかるなんていうプロの世界だから、それくらいはしていてもおかしくはない。微動だにせずに球に当たりにくる韓国のバッターは怖かった。あいつらも半端じゃないな。

ファーストゴロの西岡はタッチされてもなおベースを踏みに行く。普通のシーズン中だったら行ってないんじゃないだろうか。よくわかんないけど。一本のタイムリーに、一球のストライクに、プロの中でも一流の選手がガッツポーズ。最後の打者がファーストフライを打ち上げるとまるで優勝したようにマウンド上で飛び跳ねる。それくらいの緊張感が最初から最後まで張りつめていた。そしてその緊張の糸が切れたときに訪れる弛緩っぷりを放送席の中居くんが見せてくれた。

中居「こんな思いで野球を観たのは初めてですね。ノドが枯れましたね。ホントにジャイア…日本の野球は、」

どんだけ〜。
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2007年12月02日

涙が邪魔をする


ごめん、あびちゃんのことはなんにも知らなかった。でもあの場にいたというだけで、いやあの場にいたからこそ、思うところはあるのです。最後の最後に湯徳歩美という人間(あえてアイドルとは言わない)を、そして今までよりも少しだけエッグのことを知ることができました。

舞波にもめぐにも涙は見えなかった。あったかもしれないけど見ることはなかった。その代わりに涙を流す人がいた。ブログだから見えないけど、行間を覗かなくてもその文字から、あびちゃんの涙が流れていた。

あびちゃんは誰にも言わずただ一人自分だけがこれが最後のステージになることを決意していた。そこで歌う歌には単に気持ちを込めるという以上のメッセージがあったのかもしれない。

●白いTOKYO●
この曲は,1番不安だった曲です。
特に歌…。親からも心配されてました(●´з`)ノ
目立つパートでプレッシャーもあったんです。
最後歌いきった時はなんか感動しました…。
皆さんからの声援もすっごい嬉しかったです!ありがとうございました!

『ともいき 木を植えたい日記』 湯徳歩美 2007/11/23 
「*長文コンサート話*」

この曲の目立つパート、といったらあそこしかない。もちろん現場では誰が歌うのか注目していた。でも実は恥ずかしくて申し訳なくて言いにくいんだけど、僕は顔を見ても歌っている人の名前がすぐにわからなかったんです。あの6人の中で顔を見てもわからないのは2人だけだったから、「まぁどっちかだな」ぐらいにしか思ってなかった。今思えば歌っていたのはあびちゃんじゃなかったんだろうか。そしてやっぱりそうだったらしい。

最後歌いきった時はなんか感動しました…。

そのときの、歌いきった時の最後のセリフがもう一度エッグの仲間に向けられる。

ハロプロエッグという最高の仲間達の一員だったことが、私にとっての自慢です
ずっと大好きだよ(^-^)v

『劇団ゲキハロ第3回公演 〜ハロプロエッグBLOG〜』2007/11/30
湯徳歩美「本当に大好きな…みんな」

よりによってこの曲の、よりにもよってこのパート。「ずっと」という言葉に込められた永かるべき決意とそのはかなさをこれからずっと思わずにはいられない。またしても特別な曲になってしまった。罪深い曲。エッグが怖い。中2が怖い。冬が怖い。月末が怖い。この曲が怖い。来年の冬でいいからもう一回エッグはどこかでこれをやるべき。

でも、自分がやりたいことを見つけたから
どうしてもそれがやりたい

「同上」

それだ!それが舞波だ!舞波イズムだ!血液型で性格を一括りにしようなんて思わない。同じ血液型でもいろんなタイプの人がいる。その中にたまたま世間でよく言われるステレオタイプと同じような人もいるというだけで。でもあびちゃんには舞波と同じB型の血が流れていることを知った。あびちゃんはZYXという名前の由来を知ってた?

(Z)絶対 (Y)湯徳の夢を (X)倍に

そして全員で歌い、全員で指差した最後の歌。

●いいことある記念の瞬間●
この曲のサビはず〜っと頭を巡ってます。
歌詞とか本当に良いですよね!大好きな曲です♪
「自分を信じて!」

前掲「*長文コンサート話*」


『自分を信じて』
諦めないで頑張ってね!

前掲「本当に大好きな…みんな」

あびちゃんは最後にこの言葉をエッグに贈った。これが最後になるのなら、続きは残ったみんなで歌おう。

自分を信じて…強く生きよう
生まれ変わるような記念の瞬間

ブログを見てもわかるようにこの「お知らせ」はエッグのみんなに向けられている。スイッチONでは舞波以外のみんなから舞波一人へと向けたはなむけを、品川ではあびちゃん一人が自分以外のみんなへと歌に乗せて伝えていた。

2007/5/13 「栞菜の輝き」

人差し指を頭上に掲げるのも一体どれだけ使われてきたフリなのか。「As ONE」でのグループの一体を示す人差し指は、舞美ソロでは太陽を指し示す。同じように新人公演でのこのフリにはそのためだけの意味があって、それは「1st」であったりする。そしてそれに説得力を与えるだけのエッグのパフォーマンス。もちろんこの意味さえも歌う人によって変わるように聴く人によって違う。

あのとき一緒に差し出した指は明日に向かっていて、それは愛を奏でていた。それが愛を奏でるということだった。あびちゃんが生まれ変わる決意をしていた記念の瞬間。もしDVDで見れるのなら、その人差し指に、最後でありながらたった一人思いを秘めていたあびちゃんを重ねます。もうすぐこのライブが終わったら本当のことをみんなに言わなくてはならない苦しさを思います。あびちゃんは本当に現実と戦っていた。あれは口をつぐむ人差し指でもあったんだ。

himituno....jpg

涙は過去を振り返るときには邪魔になるかもしれないけど、夢を抱いて輝く未来を築きあげるには決して邪魔にはならないと言ってあげたい。そうだよね、栞菜?エッグの同期、涙の先輩。

今はもう叶わないけど、あびちゃんに歌ってほしいのは「秘密のウ・タ・ヒ・メ」。いつかうれしい涙を流すために。贈りたいのはこの言葉。

はみだしてくんだよ 近づいてくんだよ夢に

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2007年12月01日

どんぐりまぁな


新井「みなさ〜ん!私のメガネが新しくなったのに気付きましたか〜?」

もちろん気付いてるよ!かけてる人が変わってもわからないくらいメガネを見てるから!じゃなくてまぁなも見てるよ!「愛瞳」は「愛弟子」と読むように「まな」と瞳の「み」で「まなみ」と読ませつつ、「眼(まなこ)」の意味も持たせているのだと思う。人様の付けた名前に勝手にすみません。持たせていなくても、外気に接する部分が多そうな眼球を保護するためにもメガネをかける必然を思う。

メガネの奥からポロッと落ちてきそうなまぁなの目に、東北に伝わる「とちまなぐ」の民話を思い出す。とちは「栃」、まなぐは「まなこ」。実際に栃の実を見てみると、目の玉を取り出したらちょうどこれぐらいじゃないかという、ピンポン玉くらいの大きさ。

隣りの爺型が付帯しているなど、このように筋立てがはっきりしているものは完形であって、語り手を失った民話は忘却による脱落や改変が激しく、頭をぶつけた衝撃で目が飛び出して転がるというだけの怖い話になっている場合もある。

昼の最後でまぁなは目をしばたかせていた。照明がまぶしいのか夜の最初にも同じようにしていて、その様子はなんか少し不安そうで元気がなかったように見えた。ぶっちゃけ次のハロコンもしくは新人公演のときにもいるとは限らない。きちんとデビューしていないことの怖さがそこにある。

…とか言おうと思ってた矢先に、


フジパン株式会社 「おいしいねっと。民話の部屋」

とちなまぐ 『栃眼』
―山形県―
再話 六渡 邦昭
提供 フジパン株式会社

(段落を改変、カッコ書きのふりがなは削除)

むかし、むかし、あるところに貧乏な正直男があった。働き者で、働いて働いて働いたけど、いつまで経っても、暮らし向きはちいっともよくならない。それでも病気だけはしたことが無かった。男は、

「そのことがご利益かも知れん」

というて、毎日、仕事の行きと帰りには、村の鎮守の杜の観音さまに参拝をしていたと。ある晩、畑仕事の帰りに鎮守の杜に行き、観音さまに掌を合わせて、

「おらが元気で働けるのは、お観音さまのおかげ。これ以上を望んでは罰があたるかもしれんが、出来れば、もうちいっと暮らしがよくなるようお力添え下さい。今のまんまじゃ、おらが食うてゆくのがせいいっぱい。おらも、ひとなみに嫁をもらいたくなりました。どうぞ、お願い申します」 と、願うた。

そしたら、ちょうどそのとき、観音堂の中に村の呑んだくれが一人入り込んでいて、お供えのお神酒を盗み呑んでおった。男の願い事を聴くともなく聴いているうちに、いたずらしてみたくなった。お堂の内から、

「われは観音であるぞ。お前の願い事、もっともである。叶えてやるから、ようく聴け。いいか、これから、われの屋根から飛び降りよ。頭からだぞよ。さすればお前の願事、きっと叶うであろう。ゆめ疑うな」 というた。

男はびっくりして、ははぁって、平伏した。男は観音堂の屋根に登り、掌を合わせ、眼をつむって、

「どうぞ、お願い申し上げます」

というと、頭から飛び降りた。ガツンと頭を打って、男は動かなくなったと。びっくりしたのは、お堂の内にいた呑んだくれ。まさか本当にやるとは思わなんだ。酔いも吹っとんで、「俺、知らん、俺知らん」というて、お堂を飛び出して、逃げて行った。あとには、ひっそりとした鎮守の杜と、倒れている男と、観音さまだけがあった。
 
しばらくしたら、観音さまの眼が光はじめたと。光って光って、倒れている男を照らしたと。真夜中頃になって倒れていた男が目を覚ました。

「はて、ここはどこだ」

と、あたりを見まわしたら、いつも見慣れた鎮守の杜だ。観音堂もある。

「ああ、そうだ。おらは、あの屋根から飛び降りたんだっけ。はて、それにしては頭もどこも痛くない。不思議なこともあればあるものだ。あそこから落ちたら、死んだっておかしくないのに」

というて、起きようとして、やっとおかしなことに気が付いた。視野がせまくて物が見えにくい。眼、片方、どこかへ吹きとんでしまっていたと。手探りでさがして、ようやく拾って眼穴に入れた。入れたはいいが、表裏逆にはめ込んでしまったと。

そしたら、腹の中がよーく見えた。五臓六腑、血の流れまで見えた。「ほほう、これぁいい塩梅になった」 というて、観音さまにお礼を述べて帰ったと。

次の日、板に身体の仕組を描いて立てかけたら、大評判になった。

「人の身体がそんなに分かるなら、悪いところも分かるべ」
「んだ。悪いところが分かったら、治し方も分かるべ」

というて、見て呉れという人が、次から次へとやって来た。見てもらった人、皆が皆、お礼だいうて、作物やら銭やら置いていく。貧乏だった正直男は、人に喜ばれて、お金も貯ったと。

そしたら、一人じゃ忙しかろう、というて仲人が現われ、嫁を貰うことが出来た。観音さまにお願いしたとおりに叶うたと。

この正直男の隣に欲深親父が住んでいたと。隣の親父、貧乏男の変わり様がうらやましくてならない。「どうして身体の内が見えるようになった」と、しつっこいのだと。あんまりうるさいので、観音さまの屋根から飛び降りたことを、教えたと。その晩、隣の親父は、嬶に、

「おれも、腹の中が見えるようになって来る」

というて、早速、鎮守の杜へ出掛けて行ったと。観音さまの屋根に登り、飛び降りた。そしたら、両方の眼、吹き飛んだと。手探りでさがしたら、あった。

「あった、あった。さあ、腹の中見えろ」

というて、それを眼穴にはめ込んだ。が、なあんにも見えない。それもそのはず。はめ込んだのは、眼ではなくて、栃の実だったと。

役者がセリフを間違えたり、しくじりをすると、「トチッタ」というけれど、「トチル」という言葉は、ここから来た言葉だそうな。

どんびんさんすけ ほうらの貝。

posted by sleeping mizuki at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ノーカテゴリ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする