2008年03月30日

夜桜チラリ


「4 やる気!IT'S EASY」の歌い出しがゆうかりんで、あの声は何にも変わることなく、昼には失笑ともつかない苦笑が起きた。第1回新人公演のとき、開演前に流れていたオーディション映像で「マエダユウカデス…小学四年生デス」と言ったときに起こった笑いと同じものだと思う。「これでいいのか?」と疑いつつもそれを最も全力で肯定しようとしているのは自分だという、半分は自分への嘲笑。

「7 私のすごい方法」はたとえ途中からボイスチェンジャーの声に聞こえてきたとしても、松浦よりも早い時期にこれを一人で歌うということが、ゆうかりんが伸びていくためのすごい方法。アイドルソングの一つの極み。それは松浦とは全く逆方向の。この曲を「知りませんでした」というゆうかりんが「これは私の曲だ!と思って」と言えば、松浦のは松浦のとしてありつつこれはもう誰の曲でもなくゆうかりんの曲になってしまう。声はミスマッチでも歌う姿は決してミスマッチゆえの妙ではなく、自分の曲にしようとしていて、「ゆうかりん」より「憂佳」と呼びたくなった。

サキチィーは弾んでいた。前髪もふわりと軽く軽く弾んでいた。「紗」という字が持つサラサラとしたイメージそのままに。「5 レモン色とミルクティー」を舞い踊る姿は、歌うことでいっぱいいっぱいにならずに余裕があるように見えた。黄色の衣装がなんかホントにレモンみたいで食べたくなる(やじうめはガチ)。春の陽気さを感じさせた「10 駅前の大ハプニング」。動きの少ない憂佳ソロと好対照。

MCのときにじっと見つめたサキチィーの目は誰よりもウルウルしてた。そこには他の人と違うものが映っているのかというくらい。何かを埋め込んでるんじゃないかというくらい。黒いダイヤとは、昔石炭、今サキチィー。

帰りにいつもの道を少し外れて見た夜桜が、なんと言えばいいいのか、幽玄ってこんな様を言うのかな。足を止めると魅入られそうで、それはつまり自分が桜を見ていたのに桜に見られている気がして恐ろしい。

そしてまた夜桜には明るすぎて無粋だと思っていた街路灯も、その光が及ばなければ白い花が曇った夜空に溶けていくようでなんだか不安をかきたてられる。それはつまり自分も一緒に溶けそうで恐ろしい。

強い光に照らされていれば桜だとわかるけど、薄暗い中ではそれが本当に桜なのか判然としないあやふやさ。薄ピンクは夜空の色。少なくとも昼に見る桜とは全然違う。こんな樹は他にないよなぁ…。

「夜空に溶けていく」

湘南に行ったことがなくても「カップルだらけの湘南に来たけど」と書けるくらいだから、つんくがこの歌詞にどれだけの実感を込めていたのかは定かではないけど、本当に夜空に溶けるものだと知った。

サキチィーのソロが軽快で弾むような昼の桜なら、憂佳ソロは魅入られそうな夜桜。春だというのに夜になりゃ、昼間と裏腹まだ寒い。二様の桜は春の持つ二面性にもつながりうる。地上の桜とその下の屍体。咲くことと散ること。陽気さとけだるさ。別れと出会い…。冬眠から目覚めたと思っても、春眠は暁を覚えない。それらを一身に受け持つのが梨沙子だと思っていた。

サキチィーが深呼吸なら、憂佳はため息。ダテに「憂」の字をもらっていない。春は、特にまとわりつく空気を感じるけだるい春には、梨沙子と憂佳が気にかかる。


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2008年03月29日

Dohhh UP!「ハロプロエッグデリバリーステーション!03」


ゆうかりんのスパッツチラ率の異常な高さ。2階からでもはっきりと確認できていたのが、改めて客席レベルの映像で見るとなおさら。

スカートの丈を長くするという選択はなかったのだろうか。それはとりもなおさずゆうかりんの成長の早さを見せつけるようだ。

胸はあまりにもわかりやすく、体の伸びるスピードに、衣装も僕も追いついていない。ただ一つ変わりないあの声すらも、明日にはもう変わっているかもしれないというのに。
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2008/3/23 【Buono! 1stアルバム「Cafe Buono!」リリース記念イベント】 東京厚生年金会館


チッサー「アリカンはカゼなのでこの人に登場してもらいまーす!」

ここで先日の動物園イベでのセリフが脳裏をよぎる。

有原「今年は、なんかもう、花粉症ってカゼみたいな感じで症状が出るらしくて、なんか、目とか、鼻とか、セキとかもすっごい出るんですよ花粉で」

それってカゼじゃね?と思ってたけどやっぱりカゼだったんじゃね?あの寒さはこたえるって。栞菜がカゼをひいてまで見せてくれた衣装はまだ忘れてないよ。鼻が詰まってる栞菜ってなんか萌え。こんな時こそ鼻を“ぷーん”。放課後は栞菜の鼻ぷんだけ見れなかったね。よみうりまでに全快してほしい。しかしKスタの寒空に晒されて悪化する恐れ。乙女心と春の空、花粉が飛ぶから気をつけて。始球式は舞美の全力投球?カゼをひいた栞菜にとって何より一番つらいのは、舞美ちゃんの匂いを嗅げないこと。

Q.3人で無人島に行くとしたら何を持っていくか?

夏焼「カメラ!思い出ね」

小学校の卒業式にカメラを忘れてしまったと言ってた舞波。中学の卒業式には持っていったのかな。雅ちゃんはカメラに思い出を残したの?思い出はそれだけじゃお腹が空くけど、いつも綺麗でカメラがなくても覚えているし思い出せる。愛理は「お米」、桃子は「お母さん」。

鈴木「食べるものに困ったらお母さん……そういう意味じゃなくて!」

@(に作ってもらう)
A(を食べる)

愛理は@のつもりで発言。しかし客席の一部はAだと(おそらく恣意的に)受け取って「食べるのー?」とか聞いたんだと思う。それなんてひかりごけ?言葉に忍ばせる意味にもいろいろあって怖いね、愛理。

桃子には「momo16」の表紙でなんて叫んでいるのか聞きたかった。一応の答えはあるけど、知らないフリして聞いたら桃子は何と答えるのかと試してみたかったから。でも高速握手は順調ですね、鼻歌混じりに流してる。今日の速さでは無理!雅ちゃんにおめでとうを言うためにあっさり後退。一説によると、一番最初に握手する人のスピードでその後の流し方が決まるっていう一説を聞いたことあるけど、今日の最初の人は早かったからなー。クルクルクルクル早歩きなんだもん。

1 Cafe Buono!
2 バケツの水
3 ロックの神様
4 恋愛ライダー
5 ホントのじぶん

Buono!のライブはすごいわ。なんかもう全ての曲がスッペみたいな昂揚感。恋愛ライダーなんかシルバー着けてフラフラしてるし。正直ベリキューコンの前にBuono!コンが絶対あると思ってたんだけど、いずれあると思うので今から恐ろしい。仲良しバトルでもやってほしい。いや、ていうかやるよね?ねーねーねー!

「恋愛ライダー」。「1、2、3、4!」の「4!」は小指を掲げる。第4の指は小指。「1、2、3」で一本ずつ指を立てていって「4!」で小指のみを立てるということは、桃子のカウントは4進法になっているということだ。「桃子の左手の法則」(前回イベ)でも、電流・磁界・電磁力に続く第4の力は小指が示す桃子という力だった。

ベリのライバルは℃-ute。℃-uteのライバルはベリ。ではベリキューのライバルは…その内より出ずるBuono!なのかもしれない。所詮ベリキューの敵はベリキューだよ。


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2008年03月27日

You dropped tears.


「アリカンの代役かぁ…」

正確には愛理の代役のアリカンのそのまた代役のなっきぃ。セリフが詰まったり止まったりグダグダななっきぃ。

「あ!こんなところに台本が!」

見かねたチッサーがおもむろにポケットから台本(ペラ2枚)を取り出した。まるでドラえもんとのび太。「このイベント30分しかないから」。そんなメタ的な発言をしていたような気がする。まぁ前座だからね。

前座とはいえ、急な代役とはいえ、うまくできなかったことになっきぃはたぶん悔しがっている。なかさきはそういう奴。卓球で負けて泣く奴。下げ子の雰囲気はけっこううまく表現できていた。ただセリフが入ってなかった。その後本当に下げ子になっていたと思う。

実際、この前座自体が急ごしらえだろうし、さらに直前で代役となればうまくできなくてもしかたがない。周りもある程度そういう目で見てくれる。しかしなかさきはそれを良しとしない。

たとえば加護だったら、ああいう場面を逆に利用してしまう天賦の才を持っていた(セリフが言えないことで「本当に」落ち込む下げ子を「演じる」とか)。なかさきにはそういう臨機応変な器用さはない(チッサーから台本をもらって「すいませ〜ん」って謝っちゃう)。その代わりに役を作り込んでいく緻密さがある。作り込んだなかさきは恐ろしい。寝る子のモノローグはそこで終わってもいいくらいに完璧だった。

「副部長なんていらなくない?」

チッサーの気遣いを泣きながらも跳ねのけるその言葉に、自他ともに認める負けず嫌いの芯を見る。情けは無用。栞菜が花粉混じりの涙目でなっきぃに「ゴメン」と言っても、なっきぃは「いいよ」と気にする素振りもなく、ただいつもより少しだけ近寄り難く、唇を噛みしめて人知れず悔し泣き。そういう姿は誰にも見せない。強がり伸び子の涙の色はメンバーすらも知りはしない。なかさきが泣いたって NON NON わかんない。

実際には悔し泣きする暇もなく、次のイベに備えるなかさき。そして見事にやり抜くなっきぃ。なかさきの相当濃ゆい一日。
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2008/3/15&16 【キューティー観光社 Bus Tour in CHUKYO】 8ショット撮影


ダメだ…℃-uteをまっすぐ見れない。まぶしすぎて見れないのと同時に、見ていたら自分のすることを忘れそうで、見ててはいけない気になってしまう。

3人くらい前になってようやく仕切りの向こうの℃-uteが見える。1人前の時に後列右端のなかさきを確認すると、撮影が終わって立ち去り際に、右にいた愛理の顔を見るまでは誰がどこにいたとか一切見た記憶がない。後ろは梅さんだったのかと写真を見てから気付く始末。地方によってカッパはいろんな色をしているのだとか。この日中京に現れたカッパは白かった。

席を立って二、三歩進んで振り返ると、栞菜は足を伸ばしてぐでーっとしながら視線をこっちに向けていた。ダルそうな栞菜。かんにゃのくせに!でも8ショットのかんにゃはどのバスツアー写真の栞菜よりもかわいかった。かんにゃ!かんにゃ!僕だけのかんにゃ!

舞美は少しこちらへ寄ってきてくれているのに、自分はなぜか愛理寄り。目は虚ろに半開きの口。どう見ても魂を抜かれています。自分にありがとうございました。

posted by sleeping mizuki at 22:40| Comment(4) | TrackBack(0) | 【イベント】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月24日

目の前にある扉を開ける前に


「卒業おめでとう」

雅ちゃんにはそう言おうって決めていた。卒業するみんなに言いたかったけど、今この時期に直接言えるのは雅ちゃんだけだから。「卒業式はきっと泣く」と言ってたので、泣いたのかどうかも聞きたかった。でもそれはもし実際には泣いていないのだとしたら「泣いてほしいのかよ」と思われるかもしれないし、本当に泣いていたのだとしても「泣いて悪いのかよ」と思われるかもしれない。なんとなく雅ちゃんには人間らしい(年相応の女の子らしい)ものを感じていて、それが怖くて何を言ったとしてもネガティブな返答(するかどうかは別として)しか想像できずになんにも言えなかった。「雅」という字には「牙」があると金八も言ってたし。ただ僕は舞波の卒業式では泣かずに、中学の卒業式では泣くと言った雅ちゃんの心が知りたかっただけなんです。

独学の読唇術によれば、舞波は最後、画面が暗くなる本当に最後、「泣いた?」と千聖に話しかけているように見える。真実はわからない。だけど事実だと信じられたことが真実になるという言葉に従えば、こんなことも真実になる。

―舞波は「泣かない」と決意をして、「じゃあ私も泣かない」と千聖は約束したけど、そんな約束は守れなかった。泣きじゃくる千聖に向かって舞波は「泣いた?」と聞く。答えを求める問いではない。「約束守れなかったね」。スタッフを下の名前で呼ぶのは嫌がるのが楽しいからという性悪な舞波の問い。泣いてる人に「泣いた?」なんて聞くのは意地悪。そこにいてただ一人その意地悪が通用しないのは雅ちゃんだった。

夏焼「おめでとう、よかったね」
舞波「ありがとう」

肩を寄せて交わした言葉が、今また同じこの場所でゆきかいました。

「ありがとうございます!」

桃子に言った「おデコ出してもかわいいよ」はおそらく伝わっていないように返事をされたけど、雅ちゃんのこの言葉は「おめでとう」が伝わったことの返事だと確信できる。高速で握手が過ぎていくなら、それより早いスピードで伝えてやればいい。経験を重ねるうちにその定型の返事がこちらの言葉を理解してのものなのか否かがわかるようになってきた。聞き取れるように話しかけたか、返事をするまでの間、目の動き、etc…。

その言葉にそっと忍ばせた意味を付け加えるなら、この「おめでとう」は雅ちゃんだけにではなく、今卒業を迎えているみんなへのおめでとうです。二年生に踏み荒らされた青春の雪道を行く者、Milky Wayを天駆ける者、そして夕焼け一本道を振り返れば、はるか向こうに落とし穴、そのまた向こうに分かれ道。舞波は違う道へと進んで行ったけど同じ地平のどこかにいて、めぐは突然に姿を消してどこにいるのかわからない。鏡の中に入ったアリスと穴に落ちるアリスのよう。

“この会場で”けれんみなくこう言えることに、過ぎた時間の長さを思います。92年世代のみんなに、いろんな意味の「卒業おめでとう」。運命とか永遠とか、それほどに生きていなくても、語るまでもなく体現していることがあるのです。思い出は更新されても、運命は確かにここにあった。
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2008年03月21日

めぐる季節は二度目の春


号車がバレバレになるけれど、これは言っておかねばなるまいまい。バスガイドさんの名前はめぐみ。どよめく車内。脳内に響くうめき声―めぐぅ…。キューティー観光社が一度迎えたはずの倒産の危機は社史には載っていない。

「はい、では映像を流しますので、笑ってください…」

めぐは心を閉ざしていた。ハロプロのバスツアーがどんなものか、おそらく知っていた。事務的で必要最低限のことしかしゃべらない。アナウンス(棒読み)が少しウケても「(台本に)そう書いてあるので…」とそっけない。愛想力テストには間違いなく不合格だ。めぐはエキスパートにはなれない。ヲタも腫れ物に触れぬようにと、めぐをいじったりしない。

バスガイドになっためぐ(元℃-ute)が、うっかり担当したのが℃-uteのバスツアー…。そんな不埒な妄想を許さない、めぐ(キューティー観光社)の拒絶をあらわにした鋭い眼光。厚化粧でバスに乗り、沈んで拒否る。

「春の初より、かぐや姫月のおもしろう出でたるを見て、常よりも物思ひたるさまなり」

『竹取物語』

「今年の春先ぐらいから自分の中で℃-uteの活動と日常の学校生活について常に葛藤を繰り返していた事」

『℃-ute 村上 愛』について皆様へ大事なお知らせ

春は物憂い季節。味方にでもしないと取り憑かれて、秋の別れが待っている。人間最後はお月様。

怒りもせず笑ってもいなかった。ただ物憂いめぐを見た。葛藤を繰り返すめぐはあんなふうだったのかな。

めぐは近付いてこようとはせず、僕らも近寄りはしなかった。これが今あるべきめぐと僕らの最も理想的な関係であることはわかっているけど…思い出すぐらいはいいでしょ?サヨナラ愛しきめぐ。

夢を見たわあなたの夢 つれなくしないでよ

次のバスツアーは舞波でお願いします。


(参考)

キューティー観光社社史捕捉

2006年10月

創業当初からのバスガイドが雨の中行方不明に
事は社員一名の失踪にとどまらず、自社の存続が危ぶまれる
管理体制の強化が検討され、精鋭による新規部署の立ち上げが決定
のちのキューティーエキスパート課である
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2008/3/20 【bayfm HOLIDAY SPECIAL 東武動物公園 presents RADIO ATTRACTION!】 東武動物公園ハッピーオンステージ


雨の日だけ同じバスになる♪(ヲタと)

「通学ベクトル」という超絶名曲と舞美という天然雨女を擁する℃-uteだから、雨のイベントっていうのもまたいいね。でもアトラクションはほぼ全滅。ダックスも動いてないし、ウサギ広場にウサギがいない。モルモットにもヒヨコにも会えない。なかさきがだっこしたヒヨコちゃんどこー?今ごろニワトリになってるんじゃないの?例の迷路も外から見るだけ。人生にはいつも迷ってるのに。園内はほぼ℃-uteヲタの貸し切り状態で、気温よりも雨よりも、暇を持て余す係員の視線が冷たい。しかしそれさえ耐えられれば、ロケ地めぐり放題の脳内初デートであと楽勝!

ステージを探しているとにわかに猛々しい叫び声が。公開リハーサルなんて聞いてないよ〜。おかげで嫌でも場所がわかりました。石丸でやってろよってかんじですね。この三日間は「疲れた」という記憶しかないので、顔ぶれを見るとまるでバスツアーイベの続きのよう。人間最後はお星様という意味ではオールスター勢ぞろい(自分もですよ)。

スタッフさ〜ん!大変!カッパが!カッパが一匹ステージに迷い込んでますよー!もともといない?そうですか。よく見たら愛理でした。愛理キャワ。あ、今度は犬とサルが!nkskも踊ってる!え?nkskって新種の動物じゃないの?檻に入れて観察してみたいアイドルNo.1なんですけど。確変の前後で別の生き物みたいだよ。オスのヒグマが熊井ちゃんと同い年(1993年生まれ)という奇跡。

「春といえば?」に事前に用意していたパネルで回答。並びはいつもの握手会の通り。

梅田「桜」
矢島「かゆい」
中島「やっぱり桜」
鈴木「桜チラリ」
岡井「クラス替えでしょーしょー!!」
萩原「桜」
有原「花粉症です!」

中島「まだお弁当は桜の木の下で食べたことはないんですけど、でも、今度℃-uteのみんなでいつか行ってみたいなぁって。思いましたね」

とても美しい光景を思い浮かべてしまった。桜の木の下で「桜チラリ」。散る花はなかさきのデコに張り付き、汗だらけの舞美の体を飾る。花になる間奏では6人で愛理と桜の木を囲む。さらにその周りをヲタが取り囲んで一緒に夜空に溶けて行く。

「桜の樹の下には屍体が埋まっている」。美しいものと美しくないものは常に隣接しているらしい。ならば樹の下の屍体でいいから、いつまでもすぐそばであなたを見ていたい。もしかしたら「桜チラリ」の登場人物はどちらか死んでいるんじゃないだろうか。って一周回って寝るキューへ帰る。クヌギの木の下に埋まっていた後悔は、掘り起こされて夜空に溶けて行った…。

「でも℃-uteっていつも約束だけだからなぁ」

と、いつかなかさきが言っていたのは、本当に行きたいから。

完全デコ出しなのに髪をかき分けるしぐさのなかさき。自慢のその黒い髪はなびいていないのに。もはやなかさきにとっては前髪があるかないかは問題ではない。

桜の花がお弁当に入ってくるのがイヤだという梅さんに潔癖の性を見た。それを風情というんじゃないか。コップ酒に桜なんてそのまま飲むよ。昼間から。

THE ALFEEの人。同じメンバーの人がよく現場のトイレで鏡見てない?あ、違いますか。鏡の前にずっと張り付いてるヲタ芸を「KIZOKU」と呼んでいます。後ろつかえてるよ!みたいな。サーセン。ヤモリの交尾話に続く曲が「生命(いのち)」と「感謝」。このギャップを作り出すのもテクニックのうちだね。キューティーガールズのあとに「タイムカプセル」みたいな?℃-uteにはまだ本格的なバラードがないので今後に期待。

天候はしかたないとして、会場はすばらしかった。小さいよみうりランドみたい。あの屋根があれば夏にやってもいい。実際またやりそうな気もするし、サーキットでまた行きたいな。親子連れと鉢合わせてどんな惨状を目にするのかはわからない。

今日の気温であの衣装はさすがにキツイよ。少し暖かくなった後だけに。カゼひかないでね。でも近くにいた幼女は半袖だったなー。そのわりに栞菜の目線が来なかったけど。この極寒(もやしっ子比)の中を缶コーヒー一本となかさきタオルで乗り切った自分をほめてあげたい。伸び子!
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2008年03月16日

あぁ キューティー観光社


再び倦怠なる日常に戻る前に、去年ほど倦怠ではないことに気付く。世界は確実に平和になっているような錯覚。それは錯覚としても、とりあえず中京は平和だった。

帰りの車内で観た放課後が美しすぎた。東名一本道。夕陽を背に走るのは人生の荒野か。モニターの中の舞美の汗は、夕陽を受けて光っているようだった。夢と現実はひと続きにある。

アイドルはいいね。文化の極みだよ。℃-uteとベリ以外のアイドルはあんまり知らないんだけどさ。
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2008年03月12日

2008/3/12『週刊少年サンデー』15号 「全方位的美少女参上!」矢島舞美


梅さんがヤングアニマルだとしたら、まいまいはヤングガンガン。なかさきがスピリッツなら栞菜はヤングチャンピオン。チッサーがヤンサンであれば愛理はマガジン。℃-uteが全員そろえばチャンピオン(ジャンプでもいい。まさにキュート!ってグラビアないよ)。ベリーズだったらヤングジャンプ。つまるところ、舞美にはサンデーがよく似合う。フライデーには載らなくていい(それグラビアじゃないから)。

颯爽としたたたずまいはあだち作品ヒロインの風格(しゃべらなければ)。ひとたび口を開けばヒロインからヒーローへ、白球は空へと消えるよ全力投球。

天然エピソードなんか多すぎてたぶん忘れてる。でも忘れるそばからまた作られる。衣装の水ポチャはかろうじて覚えているつい最近のエピソードを披露したにすぎない(天然で済まされないような気もする)。それすらも忘れたとしても、明日は明日の忘れることがある。

Q14 有名人になれるなら誰になりたい?

浅田真央さんになって気持ちよく氷の上を滑ってみたいです!!
トリプルアクセル跳んでみたいです。

舞美なら跳べる。トリプルどころか4回転も5回転も。ただ、フィギュアではジャンプを「降りる」と表現するように、着氷に成功して初めて跳んだことになる。その大事な着氷を舞美はきっと忘れて回り続ける。でも着床するよりはずっといい。「げんちゃく」とは現に着床することの謂いであった。着いちゃった!とか言って。

真央たんが舞美より学年一つ分年上というのも意外だった。それだけ自分が昔のイメージにとらわれているからだと思う。実際アイドルとしては年齢制限の壁にオリンピック出場を阻まれてた時がピークだったし、それは予測できていた(アイドルじゃないけど)。子役が大成しないというのも幼いころのハマり役にイメージが引きずられてしまうからだというが、その点舞美にとって過去とはとらわれるものではなく忘れるものだ。

そもそも「有名人になれるなら…」なんて、キッズオーデに受かって「今日から芸能人」と豪語していた舞美に向かって言う質問じゃない。

℃-uteには受験生なんかいないから「滑る」とか言っても大丈夫。私立受験してたらごめんねまいまい。あともう一人誰かいたような…。気にしない気にしない。

舞美が全方位型正統派美少女なら、なかさきは偏方位型異端派美少女。フラフープはなかさきの必殺技ですからぁ!フラフープを回し続けるKYの桃子に、それを上回るKYDJの千奈美。そのときは直後のまあさと梨沙子が場を和ませるオチになっていたのだけど、なかさきはただ普通に回すだけでオチがない。しかしそれでよいのだ。特技の披露としてはスベっても、オチがないから落ちはしない。なかさきのフラフープは縁起がいい。で、めぐぅの夕焼け一般道はどこへ続くことになったの?なかさきも応援してるけど。
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2008年03月09日

なめた桃子のメタ桃子


「Berryz工房 起立!礼!着席!」#205(2008/3/4)

全神経を耳に集中。熊井ちゃんが今度はどんな面白いことを言うのかって。そこへ突然に空間を裂いてやってきたようなあの声。

「ノコリ、イップン」

「どこから出しているのかわからない」と言われるあの声は、やはりどこから聞こえてくるのかわからずに、天から降ってくるとしか思えない。

メンバーによって桃子への対処に個性が見られることは初期のタッグ放送やふだんの組み合わせからも散見できていたけれども、それは発話が桃子にあり(いつも変なことを言い出すのは桃子)それへの対応として各メンバーが違いを見せていた。「桃子対全員」にあるのは予想の範囲外の初期振動に一瞬の静寂をはさんだのちの集中砲火。

それとは逆にバースデースッペシャルは、各メンバーが懐へ飛び込んでくることへの桃子による対応を見ることができる。先手となる各メンバーはわずかな静寂を作らせまいと埋めるように矢継ぎ早に、話を、人をつないでゆく。静寂の隙間から引きずり込まれることを知っているから。

これをわずか一回分、数分のうちにやろうなんて考えるスタッフがすごい。同じ手は二度使えないから(やるなら来年の桃子の誕生日)、この企画を他でもない桃子の誕生日に持ってきたことがまたすごい。そんなスタッフだから、今回できなかったフルーティーズのタッグ放送を近いうちに実現させてくれないわけがない。

「あと何分?」「あと一分」

は多分にメタで、物語の登場人物がその物語の枠組みを飛び越えてする発言でありうる。たとえばジャイアンのリサイタルをなんとかして回避しようと思案する、ある日ののび太とドラえもん。

のび「なんとか対さくをかんがえなきゃ」
ドラ「考えた!」
のび「ばかに早いな」
ドラ「このマンガ6ページしかないから 急がなくちゃ」

『ドラえもん』第14巻「念録マイク」

「このマンガ6ページしかないから」は自己言及的であるなどと言われて、つまりドラえもんは「ドラえもん」という作品自体の枠をいったん飛び越えてそこから再び作品に踏み込む発言をしており、その目線はマンガを読んでいる読者と共有されている。「きら☆ぴか」の「あと何分?」も同様に曲を聴いている人の目線(耳線?)となって残された時間を確認する。

しかるに桃子の「ノコリ、イップン」てなんだこれ。しゃべっている桃子と刻々と時間を計っている桃子。自作自演以外の何物でもなく、これもたしかにメタ化されているのだけど、そこに作られるメタ世界は「きら☆ぴか」や「ドラえもん」で設定されるような読み手・聴き手の目線には立脚せず、メタ桃子は決してこちら側の目線ではありえずして、(メタでない)桃子ともまた違う世界にいる。一瞬の静寂が生まれる会話空間のひずみを埋められた代わりに、その世界全体を見渡す視線が天から注がれる。

さらに言うと、桃子とくまいちょーの会話をラジオで聴くという行為自体が多少なりともメタを含むものであって、「桃子とくまいちょーとその会話を聴いている自分」というメタ世界をさらに上からにらみを効かすメタメタ世界のメタ桃子。アイドルという世界自体がすでにメタでもある。

つまりは桃子の所在のなさは置かれた次元の相違からくる。三次元と四次元の間には―ことによると四次元の上かもしれない―嗣永桃子という次元が存在する。高次の桃子次元から干渉されることはあっても、低次のこの場所から桃子次元に干渉することはできない。いつも桃子は言うだけ言って混乱させといて、こっちの攻撃はするりとかわす。集中砲火に耐えうる懐の深さは異次元へ続く迷い道。

ポケットに手を突っ込む、次元超越者としてのドラえもん。自曲の残り時間を視点を変えて問う、次元転換者としてのきら☆ぴか。メタ桃子は桃子に残された時間を伝え、桃子はそれに応じてメタ桃子と一緒にカウントダウンをする、次元往来者としての嗣永桃子。桃子とメタ桃子はたまに入れ替わってるんじゃないかというくらい、桃子は恐ろしいほど周りの人やできごとをよく見ている。桃子の秘めたメタ桃子。

キャプが持ち込んだ空の箱、あれには何が入っていたのか?メタ桃子の存在を想定することの必要性はそこにある。目を開けたときそこにいたキャプ自身、メンバーがそろっているという箱には収まりきらないその「場」、梨沙子の伝えられなかった言葉、空気読め…。いろんなものが代入可能な、アイドルの象徴としての箱。あの箱の中身は桃子すら知ることはできなかった。しかしそれは自分より高次元のものは見ることができないというだけで、メタ桃子にはきっと見えていた。

パンドラの箱は開けてもいいし見てもいい。中身がわからないというのは怖い。しかし一番怖いのは、その中に何が入っているのか開けても見てもわからないことにある。


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雲の羊たち


群れ重なる雲が羊に見えた久しぶりの夕焼け。
雲は群れ、羊が遊ぶ。春まぢか。

「星の羊たち」の「私」は白い羊にかくした自分を見ている。「出て来いよ 隠れてないで」とは言えない、弱気な「ホントのじぶん」。曲調のみならず対をなす曲だと思う。

今日の羊は何に見えた?こちらが追いかけてるという点でそれは桃子であり、雅であり、愛理です。夕焼け一本道を走ってみようかと歩みを早めたとたん、雲の羊たちは照り受けた夕陽をだんだん影に染めて走って行っちゃった。

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転げ落ちるもの


そんな豚まんで…
ある事件がっ!!
桃が、みやのジャケットのフードに…
コロコロっと(^-^;
豚まんを、
落としてしまった-((汗
しみになっちゃって…
みやママに即電話してましたよぉ\(^^:;)

『くいしんBuono!』2008/3/3「ケーキ・イカ焼・豚まん」

おにぎりは鼠の住む浄土へと転がっていき、どんぐりならお池にはまってどじょうが出てくる。転がるものは異界・異類への導きとしての作用を持つ。桃の豚まんはみやのフードに転がっていき、その先にみやママがいるという、これは断じて現代おとぎ話。

坂を何度も転げ落ちたとしても
その先に何かがある それが見たいから
だから転がり続けるのさ

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涙に笑顔


最後の曲を告げるアナウンス直後、ヲタヲタイベントの発生。花音にハッピーバースデー。決して大きくはないステージで、それまでも立っていたのだけど、花音はその場に立ち尽くす。

目指す場所への先は長い。そこへ着いてしまったら、こんなに近くではお祝いできないかもしれない。道半ばに挫折したとしたら、なおさらこんな機会はない。結局は一生にまたとない、13歳の誕生日間近。もうすぐ誕生日だって全く気付いてなかった不埒者でもこの場にいることができてうれしかった。

そのうれしさは少しだけ悔やむ思いがあったから。デビューしてからたった一度だけの誕生日、福岡での呪縛イベに思いを馳せる(行ってないけど)。ベリもまだあのころはSSAや横アリなんて考えられもせず、今日とおんなじようなステージを重ねていた。ヲタが歌うハッピーバースデーはこんなかんじだったのかな。この世界で13歳を迎えることのなかった舞波ともうすぐ13歳を迎える花音。取り巻く状況は何もかも違う中で、イチゴが取り持つ縁を思う。

「舞」の字が好きだという花音。そのデザインは、足ばかり見てたハイスコア「常夏娘」の足さばきをよみがえらせる。

「……ありがとうございます…………ありがとうございます……これからも応援よろしくお願いします」

途切れとぎれのありふれた言葉に真実のメッセージ。ブログを見慣れていると饒舌なイメージを持ってしまうけど、それに比べれば花音の声を聞いたことはわずかしかない。声にして言えることは限られてるからその分ブログでというのはもちろんありがたい一方で、今日始めて肉声での花音の言葉を聴いた気がした。現場にいないと聞こえない言葉、しかし花音はこの真実の言霊をキーボードに宿らせる術を知っている。


最後の曲は「笑顔に涙」。歌う花音は涙に笑顔。そのとき花音の脳裏をよぎったものは?祝いながらに更新を待つ。

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2008/3/8 【ハロプロエッグデリバリーステーション!03】 サンストリート亀戸


え?名古屋?名古屋ですか?名古屋はですね、熱烈不歓迎な共演者に二の足を踏んでいたらそのまま締め切りが過ぎているといういつもの放置グセ。どうせ来週そっち方面に行くし。CHUKYOってどこだろ?岐阜かな?三重かな?長野かな?愛知じゃないことだけは確か。こんなときは遠くの知イベより近くの無料イベ!待っててゆうかりーん!

澤田「この中では一番年長です」
古峰「注射を打たれるのが怖くていまだに血液型がわかりません」
前田「花粉症でくしゃみが出る。途中でくしゃみしたらごめんなさい」
佐保「スポーツ大好き。得意なスポーツは空手」
福田「好きな食べ物はイチゴ。好きな言葉は苺魂」

こみねっちを見たのは今日で2回目、どんな人なのか全然わからないけど、顔から察するになんとなくAB型のような気がする。顔で血液型なんてわかるのかよ。年齢にふさわしくない顔立ちを感じる。お姉ちゃんに手伝ってもらったというゆうかりんのボードは(少々ドぎつい)カラフルな鍵盤の絵。

1 HELLO TO YOU
2 浪漫
3 ピリリ
4 恋レボ
5 笑顔に涙

イントロだけでは「HELLO TO YOU」だということがわからない。というかサビまで聴かないとわからない。でも今度はわからないイントロがきたらこれだと思うことにしよう。

馬齢を重ねることの楽しみの一つに、ムダに歴史を感じてしまうことがある。今日の5人は当時の娘。ほどにはカッコよくなかったし、踊れてもいなかったし、歌えてもいなかったけど、「ここで浪漫かー!」と昂揚するその視線の先に5人がいることをまず受け止めて、いつかもう一度この曲をやる時のために、カッコよくない5人を覚えておきたい。

娘。の浪漫で一番カッコよかったのは、ラストのキメでの吉澤。一度目線を切ってからキッとカメラに向けてくるその鋭さにやられた。同じくキメでしゃがんだゆうかりんは、バランスを崩してコケそうになっていた。

間奏明けパートにゆうかりんのあの声。あまりにも当然のように美少女になったビジュアルに見とれていて、この声も含めてゆうかりんだということを忘れていた。しゃべっている時よりも歌っている時の方がよりいっそうあの声が際立つ。巧拙で言ったら言うまでもないけど、これはこれで全然アリだよ。歌には全然合っていない。でもここまできたら一種の才能。ゆうかりんの声に合わせた曲を作るべき。石川や熊井ちゃんのように、上手い下手を超越した境地を目指してほしい。

イントロも聞こえてないのに、ポーズだけでしっかり反応してるお前らが大好きです。浪漫からピリリ。幕張文化祭を思い出します。ちょうどその時にエッグオーデがあったことも。今思えばいろんな萌芽が詰め込まれていたのですね。

この星は(かのんー!)
美しい(ゆうかー!)

世が世なら安倍と後藤ですよ。そのあとなら、えーとえーと…忘れた。まぁとにかくそんなポジションに収まるゆうかのんに歴史を感じる。これまでに見てきた歴史とこれから作られる歴史を。

新人公演のチケでも買っておくか。なんか落とすの忘れそうだし(舞美)。物販リストを見てみれば、お!あれは会場で買えず、通販でも買い忘れ、しかも今日まで落とすのも忘れていた品川公演のパンフレット!ちょうどよかった。これビジュアルブックっていうの?パンフは別?DVDなの。じゃあそっちも。しかも02で売り切れだったあっすー写真が復活してる!これも買い!来週はお姉ちゃんの写真も買ってそうな気がする。こうなったら今日のゆうかりん写真も買わないわけにはいかないでしょ!とてもさっきまで「BOMB」(590円)を買おうか迷っていたダメ人間とは思えない。あれー?名古屋に行けるくらいのお金に羽が生えてるよー?えーいとんでけー!事務所にお金をデリバリー!ますますダメじゃん。
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2008年03月06日

嗣永桃子を理解するには 〜PEACEとPEACHの見分け方〜


「ノコリ、イップン」

くまいちょーとの会話中に突然聞こえたこの声に、思わず本当に吹き出してしまった。この壮大な自作自演に、夏のお台場に響いた笛の音を思い出して。それはいま名付けるなら「桃子の笛」。周りとはまるで別世界のように、桃子の桃子による桃子のための空間が生まれる、というか自分で作り出してやがる。こいつは。「そんなに勝ちたいんならお前らだけで試合やってろよ」と言われるまでもなく桃子は桃子だけの土俵で相撲をとっている。

吉澤「私がベリーズだったらぜってーオメェウゼェって言ってる」

(2007/7/24 Gatas Brilhantes H.P.ファン交流イベント)


石川と嗣永が同類としてふるまっていた中で、嗣永に向かって放った言葉、これこそが二人を隔てているのものに他ならない。石川はウゼェと言われることで、言い換えればウゼェと言ってくれる人が周りにいることで自らのアイデンティティを構築してきたが、嗣永は同齢以下の集団にいたことで誰しもがそう感じながらも面と向かって言える人はいなかった。今でこそ千奈美や千聖が小指をいじるものの、それまではせいぜいがモノマネで精一杯。それも桃子が正しい実演で返せばそこで終わっていた。

参加したユニット数が最も多いというゆえんも、当然それだけ石川の力が求められていたのではあるが、裏を返せば石川自身もまた多くの他者を必要としていたと言えるだろうか。嗣永には「ウゼェ」と言う他者がいなかったことは幸なのか不幸なのか。そもそも石川にとってそういう他者の存在が本当に幸なのかすら本当はわからないけど、少なくともそれがなかったことに美勇伝の敗因を探る。

ふたりの違いはそのソロ曲において象徴的に見ることができる。

「お買い物行こう」
「一緒に迷って欲しいわ」
「たまには付いて来てよ」

これらを全部ひっくるめて「理解してよ」と歌う「理解して!>女の子」はあくまでも他者の存在を前提として理解を求める。あるいは卒業に際したハロモニ。で自らのリクエストで歌った「ザ☆ピ〜ス!」。

「大事な人がわかってくれた(PEACE!)」

理解されるということは感動的なまでにPEACEな出来事なのである。このように他者の理解の上に成り立つ石川に対して、「恋はひっぱりだこ」を歌う嗣永は一人だ。

「例えば誰も孤独な瞬間があるわ」
「毎日 鏡 見れば 綺麗になるらしい」

鏡に映っているのは桃子一人。そこに無理矢理他者性を見出すのなら、桃子は鏡の中の自分という他人と向き合っていることになる。ともあれ石川が他者依存型であれば嗣永は自己完結型だという差異を見ることができる。

そして自己完結の最たるものが、制定・発布・施行がすべて自身の手によってなされる嗣永憲法において顕著にかつ集約的にみられる。ここではすべての論理の頂点に嗣永桃子が君臨かつ統治していてそこに疑義を挟む余地はなく、おそらく憲法改正にまつわる条文は存在しない。それすらも嗣永一人の手にかかることが自明だから。Peach委員会に委員など存在しまい。いるのは委員長嗣永桃子ただ一人。まさしく嗣永に始まり嗣永の内に終わる。この憲法はヲタに対して絶対的な拘束力を持つ代わりに桃子は全体の奉仕者であろうとし(明確な個人へのレスはしない)、桃ヲタ統合の象徴として機能する。

しかし一人よがりな世界に発する論理は時に現実との摩擦をも引き起こす。それは通常取りうると予想される範囲からは逸脱していて、ゆえに本来との齟齬・矛盾と見なされて攻撃の対象となるが、そんなことは見越していたかのように桃子は歌っていた。Berryz工房として歌う時からのソロパート。

「女の子の矛盾をわかっててね」

もう「わかりました」って言うしかありません。

石川ソロはその場にいる他者に多くの理解を求め、嗣永ソロはその場にはいない他者に(すなわち自分しかいない場で)願望を吐露する。

「でっかい夏始めます 叶えたいな」
「『ひっぱりだこ』=『私です』ってなりたいな」
「海とか山に連れてって」

「好きよ あなたが好きよ」と面と向かって言うのではなく「って大きな声で叫びたい」という願望。その願望が向けられた先に他者がいても、それは仮想されたもので実存としての他者ではなくどこまでも嗣永一人の世界が広がる。「恋」を「故意」と読み替えさせるほどに。

「去年よりラブラブがいい アツアツの二人がいい」と歌う石川に対して嗣永はそれこそ「桃色片想い」か、もしくは自分と両想い。しかしそれはどちらがいいかということでもなく、石川ソロが「あなたとわたし」なら嗣永ソロは「わたし(とわたし)」。

お台場で「ケガのために応援」にまわっていた嗣永はPKの笛を鳴らすことになる。ここで嗣永は自分で吹いた笛の音に「こんな大きい音が鳴るとは思わなかった」とでも言うかのごとく、例によってわざとらしく肩をすくめて驚く素振りを見せた。自分で吹いた笛の音に、だ。

5回笛を吹くうちにだんだんとそのそぶりは小さくなっていって、5回目には笛を吹いても全く驚く様子はなかった。だんだんと笛の音に慣れてきたというのだろうか。そうではなく、だんだんと笛の音に慣れてきた、と装っている、と思わせているのである。この際本当に笛の音に驚いているのかは問題ではない。

客席にはこれに気付く人もいたと思われるが、ガッタスメンは誰一人として気付かないかあるいは気付いても触れようとしなかった。まさしくここに嗣永桃子一人で完結する世界を見た。これを自己完結と言わずしてなんと言おうか。自作自演とも言う。

石川の場合は今のこの地位がネガからポジへの反転の末にあることを僕らは共に見てきた。「簡単に変われないよ!」と叫んだ石川と、(おそらく簡単にではなく)変わった石川を知っている。ところが桃子はいつのまにかそこにいた。最初はいなかったかもしれないけど気がついたらそこにいた。

石川は裏返すことによって、嗣永は徹底的に裏を見せない(と思わせる)、もしくは裏なんてないと思わせることによって自らを築いてきた。「梨華ちゃんの中の人」はいるかもしれないけど「桃子の中の人」はやっぱり桃子しかいないと思う。桃子の脳内は秘密ばっかり。

だいたい生真面目な石川に対して桃子は人を食っている。話を振られた第一声の、何度も聞いて覚えてるはずのあの声よりも、さらに想定外を行く猫なでのなめくさった声。そこに違和感を感じた時点ですでに桃子に飲まれている。「食べたい」と言いつつ食われるのは桃子じゃなくて実は僕らの方だった。「桃子食べた〜い」は桃子に食われまいとする少し過剰な防衛反応でありえるだろうか。そうでもしないと桃子に食われてしまうから。もちろん叫ぶ本人はただ食べたいだけなんだろうけど。桃子は歌う。「なんだかお腹が減るじゃん」。「Buono!」の叫びは食べられて桃子の腹の中で聞く、双方ともに愉悦の響き。

「俺の!」「ちさとー!」

ちさとコールの直前にタイミングを合わせて挿入される「俺の」は、自分のものにしたい「所有欲」という一点で「食べたい」と相通ずるが、客席を強制的に巻き込む構造に刷り変えるという点で「食べたい」よりもよっぽど狡猾で悪質だと思う。両者が最も異なるのはベリがキュートがその場にいるかいないかということ。彼女たちを思えば思うほど、無責任に叫ぶ人には殴りかかりたくもなるけど、彼女たちを思えば思うほど、彼女たちがいる前では刃傷沙汰なんて起こせない。

「桃子カワイイ!タベナイデ!」

G.W.の大阪(名古屋だったかも)で聞いたそれはおそらく日本人ではない女性から発せられた。「食べる」という語の含むニュアンスが理解されなかったのだと思うと同時に、僕は理解していたからこそ「食べないで」とは言えなかった。だって自分も食べたいから。ただ他人に食べられるのを阻止すべく発言者の方を食べようとしたり殺そうとしたりする(とか書いてたらホントに、ねぇ。遠い九州の地から座間の平和を祈っておりました)。

食べるとは最高の、時におぞましい愛情表現でもある。でもそれはたった一人にしか許されないから他の人が食べるということは自分は食べられないということで、そこに食べる人(食べたいという人)への敵意が生まれる。桃には核があるけど桃子には核があるのかそれすらわからない。食べてみないことには。「桃子カワイイ!」。だから食べてみる。

参戦・連戦・遠征という語が使われるように現場は常に食うか食われるかの戦場の様相を呈する。グッズ厨なら買ってくるぞと勇ましく、真夏の行列は遅々として進まない死の行進。そりゃあヲタ芸だって打ちてし止まむ。たとえチケ落選の憂き目にあっても落とせヤフオク火の車。

八百比丘尼は人魚の肉を食らって不死を得る。桃子はヲタを食らって生きてゆく。食われるヲタは喜んでその身を捧げるのでそこに悲劇は生まれない。ヲタがいるかぎり桃子はいなくならない。そしてまた桃子がいるかぎりヲタもいなくならない。この実現不可能と思われてきた永久連鎖は、多くのアイドルにとって墓場ともいえる結婚をも易々と乗り越えると信じさせてくれる(でも中澤が結婚したらそれはうれしい。その前に中澤はアイドルなんだろうか)。桃子は結婚した時にどんなコメントを残すんだろう。

桃子の好きな漢字は「道」だとか。「JUMP」では「人生」と書いて「みち」と読む。ももちの「ち」は「道」とも書く(cf.福岡・百道浜)。

桃子の前には道はない。桃子の後ろに道はできる。

桃子しか通らない道が。

嗣永桃子を理解するには、理解しようとしてはいけない。ただ拒絶するときにそこから引きずり込まれる。拒絶から始まるヒロインは強いて言えば理解する他者ではなく拒絶する他者を求めている。立てた(本人は「立った」と言う)小指は決して他者の理解を求めているのではなく、むしろ拒絶を求めているのだ。

「ああ、未来の天才はまだそれらの実の中に何人とも知らず眠っている」

芥川龍之介「桃太郎」

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2008年03月03日

2008/2/29「ミュージックステーション」


舞美は?電車乗り過ごしてない?今日Mステだって忘れてない?千聖は?靴箱のところにとっておきの水着を置き忘れてない?(寝るキュー)ローソクと人名辞典は持った?むしろそっちの方が重要だよ。あ、お土産は後でいいから。今もらうとね、重いから。そして熊井ちゃん!テレビ見てる?準備はいい?じゃあ行くよ!

NEWSです!いや、ニュースです!
中さきちゃんがテレビに映ってるんですぅぅぅぅぅぅ!!!

しかも生!生ですよ!なにこのゴールデン生デート。なんとなくイヤーンな響きね。特にソロパート。Mステの視聴率からいっておそらく何千万単位の人たち(熊井ちゃん含む)が今テレビ画面にただ一人映るなかさきを見てる。それはもうわたオバをソロで歌ったときくらいにマジで武者震い。この快感はサンシャイン劇場レベルじゃないね!言える言える。ミントもきっと熊井ちゃんの膝の上で震えてるよ(チワワだから)。

タモリ「初めてのミュージックステーション、どうですかこの雰囲気は」
萩原「楽しみだったので、楽しみたいと思います」

幸せとは自分が幸せだと思うこと。楽しみと言ったら楽しみなんだよ!辻加護が暴れ回っていたころ(タモモニ色眼鏡etc)よりも年下なんて。歴史に「もし」があるならあのころの辻加護との絡みが見たい。

ひな壇の席順は中央に近ければ近いほどテレビに映る機会が多くなる。つまりタモさんの後ろは特等席。℃-uteでその座を射止めたのは梅さん。ラジオも降ろされユニットにも参加せず、することといったらENJOYとかドドンガドンを無断で使ってみるばかり。こんな時こそたくさん映っとけ!

次いでチッサー、絶賛売出し中のなかさき。実際このへんまでがチラチラとよく映る。あとはでーんと座っていればよいのだ。無邪気とは突き詰めると恐怖であることを体感した舞美、イベントお疲れカッパちゃん。こいつはもうなんかカッパとしてかわいい。こんなかわいいカッパ見たことない。やけに横顔のアゴが鋭いカッパ。このカッパ、鈴木愛理とかいうアイドルに似てる。

そして舞美の他に唯一まともにしゃべったまいまい。もはや貫禄。最年少は話を振られておいしいんです。えーとあとは…誰だっけ?えーとえーと…か、かんにゃ…?。最後列の一番端っこ。由緒正しき舞波ポジ。新曲サビの横一列とも微妙に違うこの並び。どっちにしても栞菜は端っこ。

トークなしかよー!ま、℃-uteの姉貴分ことモーニング娘。さん(ハロモニ@公認)もそんな時があったように思うし、始まりはこんなもんで上等じゃない。このあとビシッと歌えるとこ見せつけてやろうよ。

kannyakannya.bmp

栞菜はカメラが寄ってもあまり食いついてこない。むしろ目を背ける。そのくせカメラが来ないと寂しそうな表情を見せる(いつもそう見えるだけ?)。それともあえて目線を反らすのがカッコイイと思っているのか。かんにゃかんにゃとがっつくこちらの視線をいなすようで、これは確かにカッコイイかも。

握手では何度反らされたことか。でも外したり反らしたりするのはその前に視線を合わせていることが前提だから、せめて一度くらいはこっちを見てね、かんにゃ。流し目は不意の視線に刺されるが、目が合ったあとに反らされる栞菜の流され目には、刺されてそのままあらぬ方向へと射抜かれる。

ラインダンスにて、栞菜だけ右手を乗せる相手がいない。だから℃-uteは丸くなる必要があった。円陣を組まなければならなかった。しかしここではそうしていないのならば、栞菜の右手は「世界中のみんな」の肩に置かれようとしているのだとしよう。

肩には重い荷が乗ったり、期待がかかったりするけど、栞菜の右手は幸せを乗せようとする。イマジネーションさあ大きく膨らませて、その右手が自分の肩にかかるように感じたら、僕も右手を栞菜に乗せんとフリコピしよう。

しかしそれでは対の端にいる梅さんが幸せを与えるのみでただ一人乗せられていないことになってしまうので、自分の右手は梅さんへ。これで幸せが循環する。平和であるための循環。循環、心、重ねて。Dance Like You Want to be happy!ていうやつ。

ただ一つひっかかるのは「人間大好きさ」。そう歌う℃-uteはまるで人間じゃないみたいで。だから言葉を返すとしたらやっぱりこうなる。「アイドル大好きさ」。
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2008年03月02日

2008/3/1 【「℃-uteスペシャル番組2」】 原宿AmebaStudio


坂を何度も転げ落ちたとしても
その先に何かがある それが見たいから
だから転がり続けるのさ

原宿だか表参道だかよくわからない坂にて、夕暮れ一本道をひたすら並ぶ。その先にある白い天幕の内、それが見たいから転がり続けてきたのさ。そんなこと言ってあれー?カッパちゃんは?カッパちゃんどこー?(大阪)昼はけっこう暖かくて弾んで歩いてたのに、まだ春はわたくしの味方をしてくんない。

ブースに近づいてみればなかさきはフリップに顔を隠していて、デコだけが照明に照らされているという拷問。さくらんぼがどうとか。梅さんはしゃぶしゃぶがどうしたとか。

「はいはいルールを守ってねー!」。怒号とともにがらくた扱いで一掃される。その様はまるでペットボトルで叩かれ追い回されるよう。お前は来夏か!まいまいと栞菜を一目たりとも見ていないんですけど。

固定カメラから見える風景に、前回は見ることと見られることを思ったのだけど、今日は見せることと見せられることを考えさせられた。

posted by sleeping mizuki at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 【ノーカテゴリ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする