2008年10月31日

10月はたそがれの日に


寂しいよお〜まだ寂しいよお〜…

と思えばいくらでも寂しくなる秋の暮れ。ちょっと目を離した隙に消えている夕焼けみたいに突然いなくなった。岩戸隠れに神隠し。すべてを思い出にしろと言われたあの日。せめて最後の姿を焼きつけておきたかった。沈んでく太陽のように美しい姿を。

そのときだった!
だ…誰だあれは?

なんて出会いがあるはずもなく、また今年も別れがあって、それはすっかり言葉に重みを失った「卒業」ではなく「引退」だった。追っかけてたわけでもなし、決して早すぎるとも言われないけど、それだけにここまで月日を重ねたことが尊い。BYE!この先は僕たちが振り返る未来。

10月の出会いは永く幸せになると何の本で読んだのか教えてほしい。わからなければ探してみたい。でも探してもなさそうだから自分で書くしかないのかな。

たとえ失っためぐぅでも、めぐめぐしなかったよりはマシさ

純愛とは命をかけて見送ることとカサブランカに見つけたり。グゥの音も出なくなるまで言っていたい。それからこれはそれぞれの心の中で決着をつけるべきことなのかもしれない。歴史は常に生き残った者の手になるから、僕が生き残っているうちに歴史の訂正を促していつか「卒業」させてあげたい。戦争で卒業証書をもらえなかった生徒が半世紀を経て今…なんてニュースを聞いたことがあるでしょ。それと比べてしまうのは失礼極まりないけれど、まぁそういうこと。実に勝手なヲタの言い分です。でも勝手に辞められてしまったのでこれでイーブンです。
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2008年10月30日

ずっときらりのタンタンターン!


さぁやの「ひらひら」はのえるには似つかわしくなく乙女だし、続くきっかのファルセットは全然こべにゃらしておらず力強い。歌い出したとたんにキャラから歌手の顔がのぞく。

一方のきらりは歌手としては二人に勝てない。しかしそれでもセンターにいるのはきらりがアイドルだからだ。間奏の「いち、に、タンタンターン!」はそのままきらりの声で、「さん、し、タンタンターン!」であるいは小春と入れ替わっていても、「ワン、ツー、タンタンターン!」はやっぱりきらりのままで、「スリー、フォー、タンタンターン!」で二人に差はなく、入れ替わっていても気付かないだけなのかもしれない。脳天気な歌声は、まるで一歩ずつ空へ連れて行ってくれるようだ。こんなに軽やかでないと虹には昇れないのだろう。ユニゾンだけどここはずっときらりのターン!

電車で揺れてタンタンターン!揺れるフリしてタンタンターン!歩くリズムもタンタンターン!Buono!はガムシャラに走り出したくなって、MilkyWayはリズムをとって弾み出す。プッチもタンポポも単独でコンサートをするまでには至らなかった。自分にとって今「本体」という言葉はハロプロエッグを指して他にない。

これを新人公演でできないのは残念。きっか一人ではしゅごキャラエッグ!に立ち打ちできなというのか。とっくまの歌い出しによってデュエットの印象が強い「さぼり」をきっかとさぁやで聴いてみたかった。16曲目はエッグのオリジナル曲か。

この世に二色の虹があるのなら、一色では虹とは言わないのだろうか。

(大林太良「銀河の道 虹の架け橋」)
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2008年10月29日

主役の常套句


カサブランカって見たことないから見てみたよ。主役になりたかったらボキャブラリーを増やさないといけない。でも主役になったらそれをひけらかしてはいけないんだね。純潔は赤いフリージアばかりでない。イオリはたしかに純愛だったよ。

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2008年10月28日

2008/10/27【エンタ!371「AKIBAッテキ!!!」公開生放送】秋葉原ディアステージDEMPAビル店


雨の名前は数あれど、「ゲリラ豪雨」という響きになんと風情のないことか。夕立というにはあまりにも騒々しく、スコールと呼ぶには冷たすぎる。激しい雨に打たれても、当選メールが来なくても、会いに行けるアイドル。予報にない突然の雨もモリサキの髪は察知していた。黒い髪がよけいに重たく額にのしかかる。前髪腐しの雨。

抜き取るピースがなくなったジェンガ。崩したら負けのジェンガで、これ以上抜き取るピースがないという状況が起こってよいのか定かではないが、これだけはわかる、そこを抜いたら崩れると。それでも何かしなくちゃと追い詰められての判断だったのだろう、絶対に崩れるジェンガを崩れないようにそうっと抜こうとする無謀にも果敢なモリサキ。案の定ジェンガはモリサキの方に崩れ落ちた。そこにいた全員が崩れると思っていた。でもまるで崩れないかもしれないように慎重にピースを抜いて、倒れるまでやり切った姿には不可能を可能にしようとする心意気があった。一瞬「もしかしたら崩れないのかも」と思った。一瞬だけ。

せんごくと踊った「CLAZY ABOUT YOU」は、もっとクレイジーにその場でぶっ倒れるぐらいにできると思う。そういう可能性を思い出した。ブログを更新しているエッグのうちで、同じ年頃の自分に一番近いのはモリサキだと感じていた。性格が似てるわけじゃないんだけど、さらけ出さない奥底に黒く良からぬものをしまい込んでいそうな煮え切らなさ。モリサキにはいつの間にか狂気を見つけようとしていた。

笑顔を作っているときと作っていないときで顔が変わると常々思っていた。今日一番印象に残ったのは、生放送の合間にスタッフの指示を聞き取ろうとして目を見開いた真顔だった。

座右の銘は「いつも感謝の気持ちを持ってそれを行動で表すこと」

モリサキはどこへ行こうとしているのか、ちょっと気になるイベントだった。次なる行動は何かと。
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2008年10月26日

2008/10/26【劇団ゲキハロ第4回公演 携帯小説家】サンシャイン劇場


体中が熱かった。たぶん公演期間中にもらったヲタ風邪のせいだと思う。まだ涙も乾かぬうちに涙の色とは。終劇の涙まだ乾ぬコマキの目。劇が終わってすぐに、アゴまで流れた涙を手の甲で受け止めていた。熱立ちこめる秋の夕暮れ。

愛理があれほど泣いていたのは意外だった。涙で歌えないことはプロとして許されないことであるのか。彩音と同じように人に理解されない悩みがあったのかもしれない。カーテンコールの役者さんを見送るために振り向いたとき、そっと涙をぬぐっていた後ろ姿を忘れない。苦しんで自分で決めていく、そんな生き方がしたい。彩音こそが、この劇で言うところの小説家に向いているんじゃないかと思った。

それぞれのイメージカラーにラッピングされた花束。なかさきはグリーンじゃなかったけど、緑のゆりちゃんからの贈呈ということでひとつ。愛理はもちろん黄緑で、名前の知らない白い花。愛理の好きな花はかすみ草とかすずらんとかみんな白だって言ってたね。

まいまいはふだん泣きたいときは我慢しているのだろうか。それとももっとつらいことがあったから、ちょっとのことじゃ泣けないのだろうか。今日だけはまいまいの目にも涙。「泣いてたね」って言われても絶対「泣いてない」って言うんでしょ?「いつもこういう場で泣いちゃうんですけど、今日は泣かないであいさつしたいと思います」って千聖もがんばってたよ。

「最初に台本を読んだときに、私なりに感じることがあって、それを樫山小巻なりにみなさんに伝えられるようにがんばりました」

なんだろう…とりあえず勝負は野球でつけることぐらいしか…。コマキは想像の延長としてケータイ小説を書いてるんだよね。本当は運動神経ゼロなんだよね。野球部のマネージャーになったのは想像ばかりするのをやめたということだよね。今アイドルをやっているのは栞菜にとってどれほどリアルですか。ケータイ小説くらいですか。本当の小説くらいですか。ケータイ小説の主人公が血を見て生きてる実感を得るのなら、栞菜は涙で実感を得られる。一番最初に泣き始めるのは変わってないね。夏美ちゃんとチョウさんが対面しているときも、岸と吉原が対峙しているときも、いつもすぐ後ろに不安そうな栞菜の顔がのぞいてた。

「NOBU死さんに16パターンの前世を与えたんですけど、毎回毎回みんな笑ってくれてうれしかったです」

サンシャイン水族館のポスターにウーパールーパーとカクレクマノミがあって、愛理・栞菜と一緒に考えてるっていうネタはきっとここから拾ったんだね。イカはなかったけど。

キムユス「今日寝て起きたらきっと明日の朝は寂しいと思います」

愛理はもう昨日の公演が終わったあとに、今日で終わるのが寂しいと一人で泣いていたんだって。そしたら劇団のみんなが「まだ早いよ!」って言ってくれたんだって。舞美も終わるのが寂しかったって。たしかに今日で終わりだけどね、でもね、月並みだけど…

いや、ここからが始まり

なんだよ?

明日起きたときには、少しだけ舞台のみんなを思い出してみよう。みんな寂しがってるかな、なんて。それまでは今日が続いてるような気持ちになれる。最後に手を振って昇っていくのがきっと大人の階段だろう。みんなと別れて一人になって愛理はまた泣いているのかな。こういう夜があるから、明日の朝目が覚めたときには美しくなっているんだと思うよ。明日の朝までは寂しいって気持ちを分け合えるから、二度寝しないで起きててね。


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2008/10/25【Fantastic Fantasy Vol.1】原宿アストロホール


頭をライブモードに切り替えるぅ〜♪

さて、ゲキハロ→→→はぴすた☆ルーキーズ。休日の原宿なんて日本で一番行きたくないところだ。ルーキーズが出るのでなければ。はぴすた☆ルーキーズの魅力は先輩格のSI☆NAさんに気を使いつつ、能登さん前田さんをも丁重にお出迎えしなければならない板ばさみ感にある。それがアウェイに放り込まれたらどうなるんだろう。市川くんがいなくても行くよ。

地下に潜ったらはぴすた☆ルーキーズが物販で売り子さんですよ。何の告知もなかったのに。しかもロビーとかじゃなく会場内(そもそもロビーとかない)。グッズ買ったらそのままゆるゆる〜と握手。流しなんか当然いません。腰をつかんで投げ飛ばされることもなければチョップで手と手を離されることもない。これが地下です。正真正銘の地下です。

地下は初めてというわけでもないんだけど、ハロプロに慣れ切っていて久しく忘れていた。差し出したロミオの手でそのままハイタッチ。届きそうに伸ばした手がそのまま届く、そんな現場。ビックリを通りこしてショックだった。

曲はまぁ今までにやったことのあるものだろうなっていうのは予想がつく。初々しい「Go Girl」はキッズのFCイベを思い出します。そう来るなら「ここいる」は必至だし、おぐら社長のソロも必須。歌いこなす余裕すら感じさせたmanamiの「ゆずれない願い」もすごかった。でもまさかこんなところであのイントロを聴くとは思わなかった。

石原夏織「ロマンティック浮かれモード」

受験で忙しいんじゃなかったのかよ!なにこの初披露曲。歌唱力は正直に言うとせっきーの方がはるかに上。しかしそんなこととは全く関係なしに狂気乱舞の現場の状況はご想像にお任せします。ここが地獄の底です。スタッフ、本気だな。

おぐら社長は中1だったのか。受験生の石原さんよりも下ということだったから中2かと思ってた。まいまい・アカリと同学年。いろりんの1コ上。001のちょっと前まで小学生ということか。すげえな。こういう場には慣れていないはずなのにあの落ち着きぶりはなんだ。みるるなんかマイクを持つ手が震えていたのに。

一目見たときから視線を持ってかれた。数年後のみづき(菅澤美月)といった風貌は遠藤るか。もうみづきの数年後は見れなくなっちゃったからね。「ダンシングクイーン」のダンスがヤバかった。長い手足を持て余さずに(熊井ちゃんのようにならずに)むしろなかさきに近いダンス。ひとつなかさきと違うのはスカートを押さえたりしないこと。別に中が見えるからいいってわけじゃなくて、ターンしてふわりと回るチェックのスカートが誰よりもきれいだった。まるでメリーゴーランドの回る屋根のような。スカひらともまた違う風情。逆になぜなかさきはスカートを押さえるのかと思う。どんなに全力で踊ってもなにか最後の砦を守るような心持ちがあるのだろうか。

ある程度場数を踏んでいる人たちはそれなりにできる。疋田紗也がいい曲を持っていてしかもけっこう歌えるのは意外だったし、桜井聖良(ちょっと光井に似てる)とツキカゲ★センセイの「野心的でいいじゃん」は初めてこの曲をカッコいいと思った。やっぱりアイドルは奥が深い。深いも深いはずここは最深部。業も深いし闇も深い。

もちろん光もあれば影もあって、ルーキーズがこのまま同じ世界にとどまるのがいいことなのかはわからない。ステージから伸びる花道にルーキーズは一度も来なかった。足を踏み入れるか否か、まだまだ決めかねているようだ。
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2008/10/25(昼)【劇団ゲキハロ第4回公演 携帯小説家】サンシャイン劇場


マコト「あとはウチの連中に任せて…」

うまく声が出ずに梅さん笑っちゃう。右手のひらで胸をトントン。ゲキハロだからこそ、ここは梅さんも客席も笑いたくないところです。

栞菜もやっちまった。7人がゆりと話をしに行く場面。マイクが拾ったか拾わないかぐらいに小さく「あっ」と聞こえて見ると、腰の機械がとれてぶら下がってる。反射的に栞菜は誰を見るともなく正面を向いて、そのガニ股姿がなんだかまぬけに見えてしまった。千秋楽は芝居であって芝居でないので、今日こそ完成した演技を見たかったのに。ふだんのMCや寸劇なら、かんだり失敗しても笑って済ませばいいのだけど、演劇に関しては少し残念。演技をきっちりやった上でその先にあるものが見たいから。

対照的にライブは変わらずすごかった。もう今年は「涙の色」で紅白出るしかないでしょ!なかさきの毛づくろいは今日は下から。裾をバッとひっぱったかと思うと三つ編みに手をやって前髪を整える。三つ編みをいじるのは広海ちゃんの癖ですね。スカートを押さえつけるしぐさまでコピりたい。


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2008年10月24日

2008年10月20日

もしも広海ちゃんのクラスに熊井ちゃんがいたら


川*^∇^)||<広海ちゃんをいじめていいのはあたしだけ!

ノソ*^ o゜)<いじめられてるんじゃないよ。存在感がないだけだよ。

いつも教室の隅でケータイをいじっている広海ちゃん。それを見ていったい誰にメールしてるのか気になってしょうがない熊井ちゃん。もちろん広海ちゃんはメールを送っているのではなく、ケータイ小説を執筆中なのです。

ノソ*^ o゜)<あなたの前世はピリリよ!ピリリまでよ!(カタカタ)

川*^∇^)||<……
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2008年10月19日

めぐる母の気持ち

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2008年10月14日

天使の妖精


妖精が降りてきましたよ。最初は様子を伺うようにゆっくりと、それからトトトッと小走りで。手にはもこもこ頭にもこもこ、上から下まで白い妖精。恋ベルで弾け踊ってたぴょんぴょんツインテールは純白のしっとりツインテールに。右テールにだけ白いもこもこ。左にもつけたくなりそうなものなのに。右から読んでも左から読んでも「irori」の、対称性の破れ。

(なんだろうなぁ…)

マイクを口から離していたのでこの声はちゃんと拾われていなかった。いろりは言葉を選ぶように、それでも言葉が見つからないように目線が宙へと向けられる。沈黙の間ができてしまうのは決して言葉足らずのゆえではなく、感極まっているからだろう。胸に迫る気持ちはあるけどそれをうまく言葉にできないもどかしさにとまどう様子。みるるは涙声だった。いろりも泣いてしまうんじゃないか?でも絞り出すようにかみしめるようにいろりは言葉を吐き出してきた。

「私は、すごい楽しかったんですけど、みなさんは楽しかったですか〜!新人公演でもまたがんばるので、応援してください!」

いろりが言葉を紡ぐ瞬間を見たのであって、こうして文字にしてしまうと味気ない。あの言葉はあそこでしか出てこない。準備していたものではない、あの場でいろりの中から出てきた言葉。アイドルはお人形さんとか言うけれど、まぁいろりはお人形さんよりかわいいけど、お決まりのセリフを言うのではない、生の声だった。これはちょっと新人公演でも聞いたことがない。いろりの魂が宿る言葉だった。会話はしてないけど対話をしたような気分。何かを投げかけられたような。慌てていたと見えて「まえだろり」に聞こえちゃったよ。
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2008年10月09日

読んでおきたい勝手にサブテキスト


・夢野美鈴「サムライ☆ベイビー」

読まずに観ても演劇は楽しめると思う。でも幕が開くまでの間はこれ以上楽しめるものはない。寝るキューのときも、ムギムギデイズでときおり知られる℃-uteの様子がしだいに気持ちを昂揚させていった。ベイビーでない方のサムライは現場でどうぞ。劇作家の書く小説ということでは、前川知大「散歩する侵略者」(メディアファクトリー)も読んでみたい。

・若月千寿「サムライベイビー」1〜3巻(集英社マーガレットコミックス)

いわば芥川の「鼻」(出世作)に対するゴーゴリの「鼻」と言えるだろう。ほんとかな?嘘かもね。

・雫井脩介「犯罪小説家」(二葉社)

ただタイトルが似ているだけだと思ってはいけない。小説家が小説家を書く、言うなれば小説家小説が時を同じくして世に出ることにはきっと何かの意味がある。と思って読めば意味がある。

・石原千秋「ケータイ小説は文学か」(ちくまプリマー新書)

この問いに答えようとするならば「ケータイ小説は小説か?」から始めなければならないと思う。つまるところ小説とは虚構であるらしいのだが、ケータイ小説はことさらにリアルさを喧伝する。虚構とリアルは裏表にあって相反するのか。それともそこに投影されるものは変わらないのか。

「苦痛」の対義語を梅さんは「幸痛」として桃子は「非苦痛」(原文は「非若痛」)とした。苦しみを紛らわすとき、積極的に幸せと取り替えるか、前に一字を置くことで打ち消すかという違い。梅さんはLALALAだし桃子は狡猾なほどに巧みだ。しかし手段は違ってもそれはどちらも快楽を目指している。ただいきなり快楽と言ってしまうのはあまりにも味気ないのでここでは不正解なのである。

実をいえばケータイ小説が文学かどうかなんてどうでもいい。Purfumeがアイドルかどうかぐらいどうでもいいことにすぎない。そんなことに費やす時間があるならば一曲でも聴きたいし一幕でも観ていたい。だいたい文学とは何かなんてよくわかってないんだから。ところで演劇は文学なのでしょうか?

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2008年10月06日

Cheese on kennel


「自分の小屋の上に座る」
―それはなんのために?
「風景を眺めたいとき」
―風景を眺めたいときっていうのはどんなとき?
「……」
―あ、そこまでは考えてなかったと…特技はなんでしたっけ?
「首輪につないでるカシャっていうのを自分で外す」

芝公園STEP!(昼)MCC「ペットの不思議な行動」和田彩花

犬が寝るからケンネルと申しますのにチーズは小屋に入らない。あまつさえ首輪を外そうとする。明らかに飼育に対する拒絶です。自由になりたがっています。たまたまフラフラしてた他所様の飼い犬をDAWAが無理矢理連れて帰ったという疑いも生じかねない。でも犬を大事にするのは綱吉公(元館林藩主)からの伝統。チーズ様は小屋の上で星を眺めながら、芝公園帰りのDAWAをお出迎えしたことでしょう。

チーズ様はキュートです!
じゃない、℃-uteたちは八王子です!
じゃない、チーズ様は…元気です!

チーズ!チーズ!ぼくのお犬様!


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2008年10月05日

Lefty in the Live


一年前のゆうか放送局ではいま一つ断定までには至らなかったせっきーの左利きは9/25付けのポケモームービーによって確定されたと言ってよいだろう。Dohhh UP!にてあっすーの右手に左手を引かれるせっきー。実は二人とも左利きだったのだ。いつか二人で「サウスポー」をやってもらって歴史を語り直したいと思ったらそんな間もなくフクちゃんも同じくムービーにて左利きが判明。

三人の握りがこれまた三者三様に見える。右での握りは教えられても左でこう持つようになんて教えられないから、どうしても持ち方がバラバラになるのだろうか。左利きに正しい持ち方なんてないんだよ!レフティーズでちょっと一曲は左党の懇願。もう一人くらいいるんじゃないの?
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2008/10/2【ラフカット2008】全労災ホール スペース・ゼロ


第一話「寝たら罰金」

夫の不倫現場を遠くで覗き見しながら「今何してる?」とか電話をかけたことはないので、そういうときにどういう返事を期待するのかは想像もつかないのだけど、普通に嘘をつかれるよりも嘘をつかずにうまく乗り切られる方が妻としてはキツいんじゃないかなぁと。でもそうはならないところがらしかった。水槽の外へ飛び出していくアロワナの勢いそのままのキャラクターたち。

第二話「紅葉狩り」

木島が右なら古賀は左。ぽっかり空いた真ん中のベッド。キャストの名には見えなくても登場している岡本さん。真ん中に誰もいないというのは寂しい。センター寄りで観ていたからなおさら。舞波は端っこだったけどめぐは真ん中だった。それが一番の違いだった。寂しさにもいろいろと種類があるなんて二人して教えてくれなくてもよかったのに。妻は夫を、古賀は仕事を、木島は少しだけ信頼を、みんな突然に失う話。でも暗くはならずに、といっても明るくはなく、それでも明日は来るんだぜみたいな空気で。肩を寄せ合う添い寝のSとNみたいだね。

第三話「CROSS・ROAD」

歩いていて人とすれ違うとき、さらに自分を追い抜いていこうとする人も合わせて三人が一瞬だけ横一線になるのとか「なんなの?」って思う。歩き始めた時間も歩くスピードもどこへ行くかも全然違うはずの三人がなぜこの一点ですれ違うのか理解できない。偶然にしてはよくあるし、必然にしては束の間の、出会いですらない。都会ではそんなことばかり。特に人の集まるデパートのことさらエレベーターともなれば。セットはなく照明一つで、出演も最少の6人。閉ざされた状況での立ち回りはとても演劇っぽいなぁと思った。知らないなりに描いていた演劇像に近かった。エレベーターを降りた後はそれぞれ何かが変わっている。もっと時間があればラストシーンも受け取り方が変わってくるような気がした。

第四話「愛のメモリー」

お母さんの独白で客席を泣かせるところはすごい。ただそのあと突然ショーが始まってそのギャップがすごい。ショーの完成度もすごい。たぶんそういうお店に行ったらこういうショーが見れるんだろう。初めて最前がうらやましくなかった。母や子のそれぞれの葛藤があってもそこだけに焦点を絞るのではなく、ショーと対比させることで重くなりすぎていなかった。というかどっちが主題なのかもはやわからない。


posted by sleeping mizuki at 01:29| Comment(8) | TrackBack(0) | 【ノーカテゴリ】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする