2012年11月25日

神聖なるshe


手毬唄のバックダンスに研修生。この曲の存在意義を常々疑問に感じていたが今日ほど感謝したい日はない。録り直すならどう考えてもこれよりめぐ恋。だけどれなこがこうしてステージに立てるのならそれはどぅーでもいいことだ。我慢したり遠慮したり大人になった気がするよ!

娘。コンの例にならえば1曲のみの参加となるところ、しかしこれで終わりではなかった。タオル曲で大きなフラッグを掲げたさゆれなが再登場。もうこの時点で娘。コンにおける研修生の出演頻度を上回っている。文字通りの旗振り役となるれなこ。途中、フラッグがからまる場面も冷静に対処。だいじょうぶです。

アンコールの℃-uteコールを挟んでの「JUMP」。「JUMP JUMP JUMP JUMP 高く〜」って2階まで!岡井ちゃんが階段を昇ってくる!愛理ヲタの幼女に爆レス、こちらには目もくれず。でもこんな近く君が踊ってる。コンサート中、それも曲中のメンバーをこれほど間近に見たことなんて記憶になかった。明るい髪の色をなぜかよく覚えている。そう言えば舞美と二人のLALALAでは「自慢のこの黒い髪」で自分ではなく隣の舞美を指していた。元は愛理のこのパート、「悲しきヘブン」のツインボーカルといい、「踊ってみた」で注目された岡井ちゃんが歌で前へ出ていることがうれしいしもっと前へも出れるはず。そんな思いを込めながら見送った岡井ちゃんの背中、ステージに目を移すといつの間にかれなこが!スッペの「スッ!」ぐらいに研修生の入りには注意していたというのになんたる不覚。ハロコンみたいにその他大勢の一人ではなく、その他二人の一人として。会場の熱気のせいか涼しい顔の先ほどよりも表情が緩んで笑顔が見える。その後愛理から聞いたのは一緒に「しょい!」をやったらうれしくて泣いてしまった小川ちゃん。「GirlsNews」のレッスン風景で涙を拭くれなこがいた。あんな天然ど真ん中のれなこでも泣くことがあるのだと知らなかった。そして今日、うれしい涙を初めて知れた。おつかれなこ!がんばれなこ!気合を入れたらもう℃-ute。思えば℃-uteとエッグとは決して遠くない関係にあった。その分だけコンサートへの関わり方が娘。コンより少し深い(りこりこ誕生日!)。見慣れた「JUMP」のフリをれなこが踊る新鮮さに目を奪われるのも束の間、今度は反対側から舞美が!コンサート中の舞美とか(汗)!JUMP中の舞美とか(汗)!もうどっちを見ればいいんだよ(汗)。楽しいを全身と汗で表現して、汗だるまいみぃ、汗とともに去りぬ。ハロプロ汗クイーンを夏になったらハロチャンで。対戦相手はふくちゃんで。ステージ上には愛理と研修生だけだったので、なっきぃとまいまいは1階に遊撃していたようだ。やがてステージで7人そろう研℃生。7人がそろうとはどういうことか。代わりはいないということだ。研修生の代わりに℃-uteの誰かが出ることがないということだ。℃-uteの誰かが代わるならそこに℃-uteはいなくなってしまうから。パスケースに自分たちじゃないララピピの写真は入らないということだ。そして寝る子の再演がいつでも可能になることである。神聖なる夏休み、神聖なる別荘の神聖なる鏡の部屋。神聖なるクヌギの林の裏には神聖なるスズメバチがいて…。お母さんがカリスマ占い師でおなじみの神聖なる茅奈が持ってくるのは神聖なる浮き輪と神聖なるペンタグラム。ただし神聖なる遅刻をしている模様。冬の夜更けの寒空に神聖なるおっさんたちと神聖なる思い出たちが交錯(工作)する。生きることの陰を匂わすイシゾー役には演技派の呼び声高い高木紗友希、いろいろな意味で存在感が問われるハトミカ役には決して目立たないわけじゃない、まだ見つかっていないだけ!のれなこを迎えてお送りする「神聖なる寝る子は℃-ute」鋭意妄想中です!一つだけネタばらしをすれば客席への飛び入りサプライズ、あれこそは会場を一体となす巨大なsheを描いていることにお気付きだろうか。鏡の前で行う儀式。上手と下手それぞれからの周回で逆回転をも再現している。ステンドグラスの向うには季節外れの黒い浴衣の女の子。なによりもペンタグラムが星の形であることに空へ昇った面影を見てちぎれるほどに手を振りたくなる。
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光と影と光の中で


2012/11/24【℃-uteコンサートツアー2012冬〜神聖なるペンタグラム〜】渋谷公会堂

岡井ちゃんと愛理の間に映り込んでる「悲しきヘブン」のMVを見て「誰?」と思ってしまったくらいなかさきちゃんが遥かな昔。二人の声を聴きながらなっきぃにロックオンのスタイル。外れ落ちた袖のリボンを自分で踏んでズルッと滑るなっきぃちゃん。衣装飛ばし対決をハロチャンで。対戦相手はふくちゃんで。

最後のMCに及んでなかさきの目に涙が見えた。アルバムの特典に℃-uteのこれまでを語り倒すトークがあって、それを終えてからこうしてステージに立つのがうれしくてしょうがないと。語り終えた目は潤んでいるとは言い難いほど泣いていた。例えるなら川のように。なかさきは前を見たまま振り返らずに指先で涙を拭う。振り返らずにとは若さ的な意味で振り向かないこと。そのあとすぐに前髪をいじるのは変わらなかった。なかさきは泣くとなかさきちゃんになる(余談として、振り向いて涙を隠すなっきぃは『寝る子は℃-ute』DVD「千秋楽スペシャル」の冒頭にて確認することができる)。

2005年の℃-ute応援企画第2弾で初披露となったわっきゃはもうすぐ丸7年(「℃-uteスペシャル大百科サイト」に映像あり)。踊りたくて踊りたくて踊りたすぎて体と頭が先走る曲。いちばん踊れるけどいちばん踊れなくなった曲。5人の℃-uteをかみしめるようにただじっと見つめていた。神聖なるわっきゃはダンスが控えめな印象。もはやどちらが良いかという問題ではない。いちばん気になるあの人はもう映像の中にしかいなかった。

「ここでみなさんにお知らせがあります」。不思議と嫌な予感はしなかった。こんなところで変なお知らせがあるなんて思わせないほどの圧倒的な勢いがあった。「涙の色」の歌詞違いバージョンがあり、次回の名古屋で披露するお知らせ。今ここで期待する会場は当然のエーイング。お母さん、℃-uteの新曲が聴きた〜い!次回予告とかキューティーサーキット2006みたいですね!(予告なしもあったけどね!)

栞菜の鬨の声がないまっさら、めぐぅのいない即抱き、三人いないわっきゃない。アレンジされて原曲を越えた例を一つとして知らないが、℃-uteが℃-uteを乗り越えるため、あるいは捨て去るためにこれは必要なのだろう。℃-uteの敵はいるとすれば℃-uteだった。実に3年ぶりの℃-uteコン(行けなくってごめんね)は初めて聴く曲があり、曲名のわからない曲があり、すべてが変わったようであり、変わらないのは℃-uteでいる事、それだけです。

℃-uteと一緒の「しょい!」で流したれなこの涙と来し方の長さに流したなかさきの涙では裏付けとなる経験が違う。今のれなこはなかさきの経験に到底及ぶべくもない。れなこの初心にあやかってなかさきが初心を忘れないようにするとき、その初心は初心のままの初心ではなく、傷付けられて鍛えられた初心だろう。ただしその初心を鍛えるきっかけとしてやはり初心が大切なのだ。曲を録り直すということもそういうことになるのだと思う。原曲だけが大切なわけではなく原曲を生かすことが大切なのだと。「研修生にも刺激を受けながら」と賢い愛理は言っていた。裸の初心と鋼の初心、この星に涙がありこのツアーに二つの初心がある。

ペンタグラムは魔法をかける装置になろうか。チチンプイプイ魔法にか〜かれ!程度の魔法ではない。8人の苦悩と不安、5人の奮闘が必然たどり着く結果。それを魔法と呼ぶのである。℃-uteに光と影があり、すべてを包んで新たに差し込む光を浴びた。


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2012年11月20日

はたちももちまいはっち


二十歳になるということは、熊井ちゃんが19で梨沙子が18ということだ。あとはみな二十歳を越えたというわけだ。そんなことすら忘れるほどに時の流れが早すぎて。秋には色々イベントが満載。何年経っても忘れないのは今日という日のイベントで。

素敵な女性になりたくて。この7年は失った普通を取り戻すには充分な時間であっただろうか。自分にとっての7年はかけがえのない人を見つけるに充分な時間でした。

ネコが苦手なはずのももちはどうしてにゃんとか言うのだろう。ネコに託して誰に許しを乞うというのか。「嗣永さんは変わってない」と一人で泣いた女の子がいる。大人になっても変わらないもの。ももちは謝りたいんじゃなくて人に謝らせないだけなんだ。いつかまたあうあなたのために。誰も謝ることのなかったあの日の続きを変わらないまま迎えるために。
posted by sleeping mizuki at 00:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 【舞波】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする