2008年01月24日
星に名前を
雪の振る街を、歩いてみようかと外へ出れば、でも雨ね、雪は正午すぎに雨へと変わったのだろう。
断片的には見返していたのだけど、買ったその日に一度だけ通して観たばかりだった「寝る子は℃-ute」を、いいかげん寝かせておくのもキリがないので最初から観てみる。観たくてしかたなかったくせに、大事なものほど心の中で大きくなりすぎて観れなくなってしまっていたけど、クマーの言葉を胸に、言葉にしておくために。
驚いたことにそこには夏の匂いがした。9月に観たときはまだ周りに夏の匂いを残していたからか気付かなかったそれを、東京に雪が降るという寒さの中ではっきりと嗅ぎ取ることができるくらいに。んー、したね!
むしろ9月に観たときには、これは劇場の全てを再現できるものではないと思っていた。めぐの声が聞こえたのも、本当の声は現場でしか聴くことができないという演者からのメッセージとさえ思ってた。DVDとして残されるなんていうのはあくまでも例外的なことで、演劇はやはり現場で見て感じなければ始まらないという。ところが時が経って、単なる記録装置だと思っていたものはいつの間にか記憶を呼び戻す装置へと変わっていた。
流れ星が夜空へ溶けていくシーンも、そのシーン自体を思い出すのではなくて、劇場で、イスに座って、少し見上げていた目線を、星を追ってさらにもう少し上へとやるその感覚を思い出させた。映像で見てもあの星は夏美だとは思えないけど、あの星を夏美だと思って見ていたことは思い出せる。
僕が星を見つけたら絶対にカンザキナツミと名付けるのに。現場用のチャラい双眼鏡でも見つかるものならば。でも「星が多すぎてどの星になったのかはわからない」、わからないままがいいのかもしれない。
昨年の大晦日とその前日には、毎日℃-uteに会える現実を消化しきれないもどかしさがよみがえった。言い換えればそれは明日も劇場に行けるという、劇場以外の場所で抱いた思いだったのだけど、この水色の円盤はまさに劇場で、劇場のイスに座っていたあの時の感覚をよみがえらせる。
劇場に駆けつけて開演を待っているわずかな時間、劇中へと誘うきらめく暗転に身を任せている瞬間、それがどんなに幸せであるのかはのちのちに知るのだろうと思っていた通りに今知った。
(参考1)
「Berryz工房 起立!礼!着席!」#195(2007/12/25)
クマー「それじゃダメなのよ!はっきり言わなきゃいけないの。大事なことであればあるほど、ちゃんと言葉にしないと伝わらないのよ!」
(参考2)
「新潟県神林村が、小惑星の名前に」
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