2010年01月16日

ケロはネギを背負って


光井にニンジン、梨沙子は大根、熊井ちゃんにはパイナップル。それぞれにそれぞれの、トーテムとしての意味があったりなかったりするのだろうが、この場においてはただひたすらなかさきとネギの取り合わせに快哉を叫ぶしかなかった。

嫌がるなかさきにむりやりネギを押し付けるPV監督(ライオン)のセンスが光る。たとえ拒否されようがより良い作品作りのためには通すところは通す。そんな監督としての気概が伝わってくる仕事ぶりだ。ネギスティックで華麗に変身!魔法少女プリティーサキー?一緒にネギ持ってケロモード!クッキンアイドル目指しちゃう?葱色のファンタジーは胸がキュフフン!大好き好きが止まらない(キュフ!)

さてPVの見所はといえば、一曲につき必ず一回はあるくまさきコンタクト。今回はDohhh UP!時間の00:45、大切なのは今この瞬間。いっこうに進展もせず後退もしない。くまさきのつかずはなれず、この関係Going On!熊井ちゃんの全長もGoing On!ネギティブハートにロックオン!
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2009年06月14日

永遠にキュート

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2009年05月25日

2009/5/24『MUSIC JAPAN』真野恵里菜「はじめての経験」


夏は短い。でもショートバージョンはもっと短い。だからNHK!ヲタは映さなくていいから!現場でいつも見てるから!貴重な時間を割くんじゃない!その一瞬で真野ちゃんの後ろに映り込むゆうかりんを!次の波が来たらさらわれちゃいそうなサキチィーを!

真野ちゃんの青い衣装を見て、収録後に楽屋でヘタりこんだというまのぶろぐの記事を思い出した(5/18付)。力なく畳に腰を下ろすまのえりは由緒正しき桃子座り。さすが青鞜派!じゃなくて正統派!この数日後になるMステはもっと緊張しているように見えた。楽屋でリラックスする余裕もなかったのではないかと思う。

あえてのこみねっちワンショットからの引き。すみれメンではなくこみねっちであることに大きな意味がある。4人でダンスレッスンなど始めているようだが、まだ4人と決まったわけではない(はず)。そこには激しいダンスを必要としないりしゃこポジが空いているのに違いない。

曲終わりに「ウーッウーッ」って声がする。腹の底から出してるような低く野太いうなり声。殻を割ろうとする音にしてはいささか不似合い。「空に届きそうな声」とはこんな声ではあるはずがない。なんとも不届きな声だ。これはきっと孵化することのなかった卵たちの怨念かなにかの類だろう。悲しみたちがこだましている。殻を破った者として、真野ちゃんはこんな声をも身に受けなければならない。みんなを紅白に連れて行くために。

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2009年05月24日

2009/5/23『月刊Melodix!』真野恵里菜「はじめての経験」


カメラが近い。Mステが横アリならこれはCD即売イベレベル。PVでは見切れぎみのへんりかずもちゃんと映してくれている。後ろで踊ってるのはゆうかりんだけじゃないぞ!常に真野ちゃんを画面の中央に持ってこようとするMステに比べて、全体をとらえる落ち着いたカメラワークが光っている。MステはMステで、全国に真野ちゃんをアピールするためには有効な見せ方ではあるだろう。テレ東は深夜の3時すぎという時間に誰が見ているのかよくわかっている。

しかも別衣装。Mステでは照明が強く、エッグの黄色も色が飛ぶようでまさしく背景と化していたが、こちらは明るすぎることなく白が飛ばずによく見える。ひとえに予算の差でもある。さすがテレ東!エッグにも優しいっ!真野ちゃんにも優しいっ!テレ東すご〜い!テレ東がなかったら真野ちゃんどころかハロプロだってなかったかもしれないんだから!テレ東大好き!熊井ちゃんとまあさが特に会話もなく街をうろつくモヤモヤくまぁずをやってください!大江アナも一緒に!

髪型は全員額を隠すストレート。ゆうかりんはデコ出ししててもかわいいのでそのことはいずれ直接言っておきたい。本人はそれほど好んではいないようだけど大丈夫、桃子ほど変じゃないよ!真野ちゃんはトークでもがんばりすぎるくらいにがんばってた。

そしてやはりせっきーのエビ反りがすばらしい。かにょんとこみねっちも軸足の角度に見るべきものがあり思いきりのいい跳躍を見せているが、なにより跳ね上げた右足の高さが違う。サキチィーはまだ細すぎて力強さにやや欠ける。でもまぁ、小さい波もあるからね。あやちょはスポーツの才能が必ずしもダンスと結びつかないことを教えてくれる。チーズにおしっこひっかけられそうだと思ってもっとピョンって!ほら!
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2009年05月23日

2009/5/22「ミュージックステーション」真野恵里菜


震える歌声、外れる音程。たった今のそこが特別な領域であることを感じさせてやまない。ついこないだ握手した人がMステに出ているのがなんだか変な気分。Mステによく出ていたころは握手なんて考えられなかったからね。真野ちゃんの目にはいつになく力があった。エッグにいながらのユニットであればこうはいかなかっただろう。メジャーデビューってこういうことか。せっきーはあの衣装でもへそが見える。両手と右足を跳ね上げる姿に舞踏の神、シバ神を見た。

かつて同じように尋常でない推され方をした松浦と比べれば、歌の実力には差があるどころの話ではない。CDのセールスについても、格下のはずのエッグによる部分が大きいことは真野ちゃん自身もわかっている。推されてもなお一人ではできることも限られてくる真野ちゃんは、周りに助けられながらここまで来た。一人は真野ちゃんのために、みんなは真野ちゃんのために。紹介も表記もなかった6人は単なるバックダンサーなどではなく、苦楽をともにするユニットにしか見えない。この小さな世界はまのえりを中心とした神の国。音に少し遅れてピアノの演奏に入るのはアイドルの正しい姿に見えた。

アイドルは演じるもの。真野ちゃんはその演じ方が自然だ。本当はピュアじゃなくてもいい。でもピュアになろうとする真野ちゃんはピュアだ。松浦はいつどこからか演じることを拒否した。アイドルの生き方にはとやかく言っても、一人の人間の生き方に口をはさむことはできない。

NICE IDOL MUST PURE

アイドルはピュアでなければならない
という幻想―
を、追い求めなければならない

「アイドルってなんなの?」の答えに今一番近いのは真野ちゃんだと思う。明日にはかにょんって言ってるかもしれないけど。でも真野ちゃんはそれすらもわかっているかもしれない。次の波が来たらさらっていっちゃうよね。なにもかもつかの間過ぎてゆくの、と。


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2009年02月21日

「ふしぎの海のナディア」〜海の向うの女の子〜


名作とは聞いていながら今まで見ていなかったのは、物語の終盤でわかるような重大なエピソードを悪意のない会話の中でネタバレされてしまっていたからなのだけど、それを知った上で見てもやはり名作だった。

ところどころにエヴァにも通じる特有の描写・文法が見える。特に第14回「ディニクチスの谷」は「マグマダイバー」を思わせて、「底なし」というときの「底」を感じさせてくれる。本来は「マグマダイバー」を見た時点でこちらを思い出すのが順番だけど。

第13回「走れ!マリー」から第16回「消えた大陸の秘密」にかけての、殺生をめぐるナディアたちの葛藤は前半の要所。

子鹿を捕るのは自分の腹を満たすため。敵を撃つのは隣の仲間を守るため。仲間を見殺すのはもっと多くの仲間を救うため。大義はどんどん大きくなって、自分以外の誰かを巻き込んだらそれはもう立派な戦争になる。船を救うために犠牲になったのは運命であると語られて、その犠牲となった船員の名がフェイト(=運命)だなんていうネーミングはタチの悪いいたずらですか。

殺されるのが子鹿から敵、そして仲間へとエスカレートしていくのは、小競り合いが争いに、やがて戦争に発展するさまと呼応している。ムラからクニから国家へと人類が歩んできた戦いの歴史だ。戦争のなかで人が死ぬとはどういうことであるのかを描いているそこにあるのは、単に善悪の二元論で判断できることではなかった。どちらとも決めつけられない割り切れなさ、やるせなさ。フェイトを殺したのは戦争なのか自分たちなのか。各話ともハッピーエンドばかりでない。だからこそエンディングの一節が耳に残って離れない。

「胸の奥のもどかしさ どうすればいいの?」

そうして第17回「ジャンの新発明」に至って、通過儀礼を終えたかのように一人前に近づいていくジャンの姿を見るのである。楽しみでたまらないくせに、好きすぎて見れない病にかかりそう。なんとかして勢いで最後まで見ておきたい。
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2009年02月13日

「ドラえもん のび太と鉄人兵団」〜雲の向うの女の子〜


どう記憶を遡ってもまともに見るのは20年ぶり近いというのに、セリフも展開もはっきり覚えていて全然懐かしくなかった。作品の内容がどうのこうのではなくもはや己の人格の一部とさえ言える刷り込みの域。傍らにレプリコッコを置いていたのかもしれない。

この作品を見ているときの97分の短さは異常。ちっちゃい子が飽きてしまわないようにとこれでもかと詰め込まれているのはこの作品に限らないが、今見返すと詰め込みすぎの感すらあって、ふくらまそうと思えば5時間でも6時間でもいけるし見れる。しかしそれはしないしできない。ゆえにこの97分に一切の無駄がなく、見終わってすぐ最初からまた見れる。

微笑みながら振り向いて「撃って!」と叫ぶリルルの気持ちは子どものときにはわからなかった。のび太の臆病さばかりを歯がゆく思っていたあの場面は、悩み揺れ動くリルルを描いてもいた。揺れ動くということは心があるということだ。任務を遂行するためだけなら「撃って!」とは言わない。あの笑顔は本当に撃たれることを厭わない笑顔だった。地下鉄の闇の中から、それはすなわち心の底から、リルルは這い上がってくる。藤子先生自身もこの作品をめぐってはいささかの迷いがあったようだ。最後にリルルを出そうか出すまいか…。「死んでしまったら会えない」から、再び会えたということは、リルルは決して死んだわけではなかったのだ。

ラストシーンは原作があっさりしすぎて物足りなくなるくらい、アニメの方が優れている。ていうかもうアニメじゃない。心の中にいるってことがこういうことってよくわかる。そもそも当時は原作だけに固執していなかった。映画を見る楽しみが薄れるから、コロコロの先行掲載は見ようとしなかった(それでも誘惑に負けて見てしまったことはある)。原作は原作で面白く、アニメはアニメとして楽しかった。なのにどうして日付を重ねて変わったの?新ドラは原作を追いかけるあまりアニメの楽しさを失ってしまった。旧ドラが深く心の中にある者にはそう見えてしかたがない。作画は原作に近づけつつもキャラは明らかに原作とは違う方向へ向かっている、このへんに違和感の原因があるのかもしれない。アニメを見ていても越えられない壁が立ちはだかるようでその向うに原作が透けて見える。見れば見るほど原作のすばらしさばかりが見えてくる。

所詮原作は越えられないのだから、頼るのはもうやめて新ドラのオリジナルで勝負するべき。寝る子を越えるのは寝る子だけであるように、旧ドラを越えるとしたらそれは藤子先生だけ。だからもう永遠に、あのころのドラえもんを越える作品は現れないのです。と言って新ドラを全否定しようとも思わない。だってドラえもんだから。一つだけお願いしたいのは、あまりに大切すぎるから鉄人兵団はリメイクしないでほしいのです。これから見る子どもにもこの鉄人兵団をすすめられるように。年寄りの傲慢であるとはわかっています。スタッフや声優はみな旧ドラを知るはずだから相応の気概を持って臨んでいることだろう。その姿勢を尊んだうえで、一視聴者として勝手な言い分が許されるならここに断言しておきたい。これを上回る作品は絶対に作れないと。新ドラは新ドラのオリジナルを目指せばいいじゃん。それで20年後におっさんが泣くような作品を作るんだよ。なんでこんなに言うかわかる?ドラちゃんのことだから言うんだよ?

前半に夕焼けのシーンが三度見える。一度目は三人が秘密を誓うとき。それからのび太が二重に秘密を誓ってしまうとき。そしてのび太が重い秘密を胸に抱えて歩く学校の帰り道。ここでの夕焼けは決して美しいものではなく、斜陽か落日といった風情ののび太の沈んだ心の様相だ。そのあとのび太は三回徹夜している。三回朝陽を見ているということになる。それはすべて地球の危機を救う戦いからの夜明けだった。夕陽をおいかけて朝陽にたどりついた。どんな時も朝が来るよと。もちろんこの作品の良さとはこんなところにあるのではない。さも発見でもしたような自分はずいぶん無駄に年をとってしまったようだ。

一説によると「E.T.」(1982年)って一部に「のび太の恐竜」(1980年)へのオマージュが見られるという一説を聞いたことがあるけど、そんな一説のように想像をたくましくしてみれば、鏡の向うから出てきた女の子が過去と対峙し望みを遂げて空に帰っていく流れにおいては、リルルと夏美は軌を一にしている。

最後に教室の窓に姿を現したリルル(のような女の子)。はたしてあれは自ら新メカトピアの建国に身を投げて消えてしまったリルルと同一なのかという問いがある。歴史が変わったのだから全く同一であるはずはないが、変わった歴史においての変わったリルルであるには違いない。どちらにせよ、そこに夏美を見るならばこの一言は言っておきたい。

リルルにそっくりなあんたが!今!生きていることが!

(いまひとつ問いかけておきたいのは、帰ってきたリルルはなぜしずかの元へ現れなかったのかということだ)

タイ旅行のみやげにもらった現地の鉄人兵団を持っている。おそらく海賊版だと思われるこの一冊は、印刷行程上の事情によるのか、すべてのページが鏡に映したように左右が逆転していて、装丁も本来は右開きのはずが左開きになっている。作品中において「鏡面世界」が大きなテーマであったことを思うと、作品まるごと逆世界のこの版はメタフィクションそのものだ。本の外形が内容に干渉している。左右が逆になった日本列島を見て鏡面世界のトリックに気付かれるコマの絵も、日本列島は正しい形のまま。あのシーンはゾクゾクする。なんだあれは!メカトピアから観測した地形とまるで同じではないか!…これではストーリーが進まない。一筋縄ではいかんぞ。ラストシーンは加筆修正前で初出時の月刊コロコロと同じもの。

見た勢いを借りて言うならこれが一番好きな映画です。ドラえもんの中で、じゃないよ。アニメーションの中で、でもないよ。この世のあらゆる映画の中で、「のび太と鉄人兵団」が一番好きです。この世のあらゆる映画をまだ全部見てないけど、見なくてもわかるくらいに。

そしてやっぱり曲がすごい。イントロが聞こえた瞬間、風がひと吹き通り抜けるように、何かが飛び出してるだろこれ。もうなんだか言葉にできない、あふれる感情という何か。涙が出ないミクロスでもわかるようなそれ。

リルルはロボットが人間を虐げることに疑問を感じ葛藤しながら、自らが消滅する道を選んだ。しかしリルルは人間になりたかったわけではなく「人間のような心を持ったロボット」に生まれ変わりたいのだと言った。ロボットであることの誇りは失うことがなかった。正確に言うと持ちつづけていた誇りの意味が変わった。リルルには涙の出る装置はついていないはずだからあれは装置で出る涙ではない。雨の降らないメカトピアでも愛せるようになったのだろう。

「まるっきり人間の歴史と同じ」道をたどってきたメカトピアは、ロボットのゆえにか変わることができた。かえりみて地球はというと、そんなに劇的には変われないほど人間は少々複雑になりすぎてしまったのだろうか。鉄人兵団から救われた地球が本当に救われなければならないのはこれからだと、内容とは関係なく思った。リメイクするくらいならいっそ続編を作っちゃいなよ。

不思議なあやちょと似ているところを探すとすれば、黄色い服を着て、羽があるみたいに飛んでいくことだった。二人とも不思議だね。

リルル、リルル、ぼくのロボット天使。。。

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2008年12月25日

DVD「Hello!Project 2006 winter 全員集GO!」


クリスマスなんぞやってきましたね。いい季節です。実にいいタイミングです。めぐぅが!めぐぅがここにいるぜぇ!笑顔だけじゃない。「好きになっちゃいけない人」で見せるけだるさは何かに怯えているようでもあり、知りえなかった去り際はこんなふうに寂しそうだったのかと胸が痛む。

まだめぐダンスの足元にも及ばないなかさきちゃん(確変前)。まだカッパダンスを踊り出す前の愛理。メガネを外したまぁなが愛理に似ているように、このころの愛理にメガネをかけさせればまぁなになると思うのですが。まいまいちっちぇー!でも貫禄だけは変わんねー!「十七の夏」なんてもうあやちょ以外のイメージはない。後藤がいて辻がいて藤本が歌っていて里田様がいてくれて。今からするとこのときでさえも黄金時代に見えるから怖い。
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2008年10月30日

ずっときらりのタンタンターン!


さぁやの「ひらひら」はのえるには似つかわしくなく乙女だし、続くきっかのファルセットは全然こべにゃらしておらず力強い。歌い出したとたんにキャラから歌手の顔がのぞく。

一方のきらりは歌手としては二人に勝てない。しかしそれでもセンターにいるのはきらりがアイドルだからだ。間奏の「いち、に、タンタンターン!」はそのままきらりの声で、「さん、し、タンタンターン!」であるいは小春と入れ替わっていても、「ワン、ツー、タンタンターン!」はやっぱりきらりのままで、「スリー、フォー、タンタンターン!」で二人に差はなく、入れ替わっていても気付かないだけなのかもしれない。脳天気な歌声は、まるで一歩ずつ空へ連れて行ってくれるようだ。こんなに軽やかでないと虹には昇れないのだろう。ユニゾンだけどここはずっときらりのターン!

電車で揺れてタンタンターン!揺れるフリしてタンタンターン!歩くリズムもタンタンターン!Buono!はガムシャラに走り出したくなって、MilkyWayはリズムをとって弾み出す。プッチもタンポポも単独でコンサートをするまでには至らなかった。自分にとって今「本体」という言葉はハロプロエッグを指して他にない。

これを新人公演でできないのは残念。きっか一人ではしゅごキャラエッグ!に立ち打ちできなというのか。とっくまの歌い出しによってデュエットの印象が強い「さぼり」をきっかとさぁやで聴いてみたかった。16曲目はエッグのオリジナル曲か。

この世に二色の虹があるのなら、一色では虹とは言わないのだろうか。

(大林太良「銀河の道 虹の架け橋」)
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2008年08月29日

2008/8/29「おはスタ」可憐ガールズ登場!!スタジオライブ!!


「小学生ユニット」…いい響きだ。ベリキューから失われてしまったものがここにある。エッグの新ユニットもぜひこの方向でお願いします。

たしかに彩未もいい。それはわかる。彩未がすばらしいのは一部衆目の認めるところ。センターにくるのもうなずける。この三人ならセンター彩未は最も賢明かつ当然な判断といえるだろう。

だがそこはすず香。あえてすず香。あえなくてもすず香。すず香のホクロにちゅうしたいは人間失格の総意。ダスゲマイネ、助けがたいね。

ゆいかはねぇ、熊井ちゃんの匂いがするんだよね。カンペを読むのもぎこちないけど大丈夫。キャラ&メルのキャラなんかもっとグダグダだったから。

タナまねが℃-uteの周りをうろつくのは面白いけど、しずちゃんそこは邪魔はしないで!見たい!聴きたい!踊りた〜い!え?明日?明日行けばって?明日へさあ行こう?…でもごめん明日は亀戸に行かないといけないんだ。俺の桃香が待ってるから。なんか雷ゴロゴロ鳴ってるけど。え?横浜?横浜ってなに?ハテ〜?〜ハテハテ〜?むしろアキバの劇場じゃなくて?それはね、落選しちゃったんだよ…。そう何度も当たんないよね。はいどんまい。よしっ!きらレボでも見て寝るか!
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2008年08月20日

「Berryz工房 起立!礼!着席!」#228(2008/8/12)


菅谷「ベランダで空を見てたの」
熊井「おぉ〜!ロマンチックだねぇ!」

夜空を見上げる梨沙子はかわいい。流れ星はきっと流れながら「梨沙子が見えた」って言ってる。そんぐらい梨沙子はかわいい。

熊井ちゃんは夜空を見上げたりはしないのかな。誰よりも明るくて大きい星が見えるというのに。だって熊井ちゃんは誰よりも星に近いから。

目覚ましがなくても起きる梨沙子。やりたいことに迷ってもすぐ決める梨沙子。計画的に休日をすごす梨沙子。…そんな夢を見てる梨沙子。
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2008年07月10日

「Berryz工房 起立!礼!着席!」#223(2008/7/8)


前日の「ベリキュー!」といい、いい意味を通り越して悪い意味で千奈美がバカすぎて泣けた。そのあとのヤジ将軍は懐かしいK太郎とのコンビネーションがいまだ健在なのを聴いて別の意味で泣けた。
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2008年06月28日

『きらりん☆レボリューション STAGE3』第13話「みんなにとどけっ!星に願いを」


おい!こべに!てめえそれで本当にいいのかよ!やめるとか簡単に言うんじゃねぇよ!俺はそうやって簡単にやめちまった奴を何人も知ってんだよ!親はあんなこと言ってっけどさー、お前の気持ちはどうなんだよ!もっと素直になれよ!このままじゃ一生後悔すんぞ!それでもいいのかよ!お前の!本当の気持ちを聞かせてくれよ!なあ、こべに!お願いだからさあ!

と、テレビに向かって熱く語り続ける前半15分。

きら☆ぴかのデビューとともに夏ハロが幕を開けた去年のように、きらレボの最も贅沢な楽しみ方は現実とのリンクにある。一人いないMilky Way。つい先週見たばかりの光景。

きらり「二人だとMilky Wayらしさがどうしても出ないね…」

アニメを先に見てたら、ステージもまた違って見えていたかもしれない。

わずか二曲のコンサートに、客席からは見えないドラマが詰まってた。「アナタボシ」のイントロに鳥肌。タンバリンにトライアングルのセッションがニクい。粋な珍獣どもめが。

もうひとつ別の方向で現実とリンクさせてみれば、こべにのセリフにアイドルをやめていった人たち(特にエッグ)の心情が透けて見えるようだ。

「アイドルできて、いい思い出になったです。もう会うこともないと思うですけど、どうもありがとうでした…」

そしてこべに同様そこには少なからず親の意思というものも介在しているのだろう。

「こべにちゃんは未成年だからね…お母さんがどうしてもパリに連れていきたいというのであれば、それを反対することもできないしね」

社長の言う通り、本当にどうしようもできない。できなかった。それだけに空港でこべにを翻意させた幼女はGJとしか言いようがない。握手も求めずに去っていくとはなんて欲のない子なんだ。会場に来ているファンならば何でもほめてくれるしいいことばかり言ってくれる。でもツアーをコンプなんてしない、現にコンサートが始まろうとする今も空港にいるようなファンの声だからこそ、こべにには響いたのだと思う。

こべにから見ればこれは天の川を渡って親離れする物語でもあった。もし現実のエッグにこういうことがあったとしても、地上から見ることはできない。

黄色いタンバリンが再びこべにの私物になった夜。心なしか客席の黄色もひときわ輝いて見える。

早くもクライマックスの感があったが、これはこべにの、そしてMilky Wayの通過儀礼として、3人は新たなステージへと進む。ベリでいえば舞波かSSAか、℃-uteでいうならめぐかレコ大最優秀新人賞か、そんな感じで今までとは違う姿になっていく。さっそく次回はこべにちゃんがツインテールに。
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Dohhh UP!「2008新人公演3月〜キラメキの横浜〜 ダイジェスト」


「終わってから泣こう」

さぁやがカッコよすぎてのえるに見えた。「エッグはライバル」確かにそうでなければならない。このままみんなが同じ道を進んでいくなんて思わない。格差も生まれつつある現在、だからこそ、こういう一瞬がかけがえのないものとなる。

終わったら真野ちゃんが泣いていた。「実はずっと『あーきれいな涙だなぁ』と思って私見てました」のっちはいつもヲタ目線。

「はいったー!」

ゆうかりんは緊張からの解放のためかもうすっかり笑顔で滑り込んでくる。昼と夜の間にユニットへの参加を告げられていたというからには、他意のないこのセリフも今改めて聞く耳によってはこんなふうに聞こえる。

「(High-Kingに)はいったー!」

ゆうかりんダメ!かにょんのいる前でそんなこと言っちゃダメ!

左手で書くあっすー。やっぱりペンの持ち方が変だ。それでかいびつなハートになる。どうして左利きの人は持ち方がおかしくなるんだろう。右利きを鏡で映したようにはならない。左右は対称じゃないってことか。
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2008年04月30日

2008/4/24 【島国日本演劇祭 大人の麦茶「美女木ジャンクション」】 池袋あうるすぽっと


ベリキューコンの最中だって、きっかがメガネをかけてることとオトムギ公演は忘れちゃいけない。浮気ならそれなりに許すって℃-uteのみんなも言ってるし。「平日なのにおまいら仕事は?」はベリキューエッグ寝る子ヲタ共通の合言葉。

この二人の演技を観るのが初めてなんて、なんてもったいないことをしていたのか。「忙しかったから」なんてそんな言い訳、パーカーについたハチぐらいどうでもいい。そのパーカーを捨てるくらい、過ぎた時間がもったいない。

スタッフが寝るキューと同じだったというサバチャンよりも寝るキューに近かった。そんな基準もどうかと思うけど、それはやはりゆうかのんの二人に負うところが大きい。年頃の少女が相応に役を与えられて出演するだけで、舞台の雰囲気は大きく変わる。この二人がそれなりにクライマックスのシーンでそれなりにしゃべっているだけで、大人の役者には出せない空気を出していると、特にサバチャンと比較して思う。それはキャリアや演技力とはまた別で、ある意味反則なのかもしれない。と言っても、二人ともキャリアも演技力もすでに兼ね備えている。

二人がそれだけ舞台上の大きな位置を占められたのは、塩田さんが当て書きをしたことにもあるのだと思う。乃里子は花音のように大人びているし、ヒロはゆうかりんのように大人しいけどしっかりしている。雷を予知していたのではないかとされる、ちょっと神秘な香りのするところもヒロと憂佳は似ている。乃里子が「のんたん」と呼ばれるのは、間違いなく親目線だ。ヒロの「ってゆうかぁ」も意図的と思われる。〜だろうか口調がやけにハマっていた。

「子どもの瞳には未来が映っている。未来と一緒に、その瞳を覗き込む俺たちも映っている。瞳に映るような俺たちでいようぜ」

新人公演の「ここいる」で、もみくちゃにされながら必死にこみねっちを見ていたときに感じたのはこういうことだったんだ。自分にはこの隙間から確かにこみねっちが見えているけど、こみねっちにはたぶん僕は見えていない、だいたい想像はつくけど、こみねっちにはどんな景色が見えているのだろうって。その瞳に自分が映っていることが怖かったのか。かんにゃの瞳にはいつも映っていない気がするんだけど。目の前を通っているのに。

どうして大人になると人は寂しくなって誰かとずっといっしょにいたくなるんだろう、とゆうかのんは言っていた。なんだか結婚したくなってきたなぁ。ゆうかりんと。蝶野のおじさんがカモメさんに告白したのは、年の差があっても年を取れば大丈夫ってことだよね?10歳と30歳はマズいけど、20と40ならいんじゃね?みたいな。というわけだからあと10年待っててゆうかりん!

「女の子は苗字が変わってしまうから、今から下の名前で呼ぶようにしておきなさい」

熊井ちゃん…。しみハムとか嗣さんとか夏ちゅとかお鈴(現MCカッパー)とかアリカンとかやじうめとかとっくまとか全部ダメじゃん。結婚なんてしなければいいんだよ。その点「ののたん」とか「かおりん」は変わらないね。「あいぼん」は結婚はしていないけど、別の意味でそうは呼べなくなった。「ミキティ」はいつしても大丈夫だね。「なっきぃ」および「なかさき」はどうなるんだろう。結婚しても舞波って呼ぶからね。

「世界を変えるんじゃない。世界観を変えるんだ」

変わらない世界を、世界観を変えることによって変わったように思い込む。社会に出てぶつかった現実の壁への対処法。こうして世界は何も変わらずに、自分を変えてただ状況を迎合する。社会へ出るというただ一点で交わった自分と世界は、その後はそれぞれの道を行き、決して交わることはない。ま、僕が考えたんだけどね。

僕は藤子不二雄の担当編集になるのが夢だったよ。激務だろうけど、それなら命削ってもかまわない。でも好きなるがゆえに仕事にしたくもあり、好きなるがゆえにまた仕事にはしたくもない。どっちかを決める前に夢はなくなってしまいました。先生に代わる人はいません。

三作品目にしてなんとなく塩田脚本の特徴もつかめてきた。全体としてまとまっていない分、一貫したメッセージは読み取りにくいけど、挿話的な一つ一つのシーンが胸に残る。だからなのか、この人という主人公を決めにくい。普通に考えればあらすじの一人称トーマスになるのだろうけど、ゆううかのんが主役であってもそう見えるし、それぞれの親の目線から見ることもできる。何より感情移入するのは親の方であったりする。ヒロの誘拐犯を殺したい気持ち、子に体の心配をされる気持ち。

それは恋がつかない方の愛で、親と子だけではなく兄弟であっても同じ。辻原がどこへ行ってもジュンジュンが現れるのは、カバンに発信機がついてることになっているけど、本当はそんなものはついていないのだと思う。もしくはプライバシーを侵害した先にあるものこそが本当の愛ですか。どちらにしてもそこには弟を思う兄がいるだけ。

最初に面白そうだなと思ったあらすじのプライバシーうんぬんも最後はなんかどうでもよくなっちゃってるし、オープニングで姿を消した美女木少女も話を聞けば「なんだぁ」っていう。でもいろんな方向に転がっていく話がそれぞれで完結しているかんじ。最初にエサを見せられて、あとからもっとおいしいエサを与えられる、そういうのはなんか共通して感じます。

「秘密は苦い蜜の味。大人は子ども。子どもは大人。そのとき秒針は逆回り」

あらすじにあったこのフレーズ。これってそのまま寝るキューだし。ちょっとだけ時間が巻き戻っていたのは、バカヒロたちが屋敷にやって来るとき。大人と子どもが出会おうとするときだった。

美女木に寝るキューを思わせるセリフがあると思えば、ルーム長の「俺のプライベートには興味を持つな」は美女木に「私のプライバシーには興味を持たないで」として表れるし、そのあたり構想の過程でいろんな思惑が錯綜してる様子がうかがえる。重層的な、というほどに深い意味はないのだろうけど、別々の芝居がどこか一点でつながっているような気にもさせられる。

思うに塩田さんは最初から結論を決めてそれに沿って展開を作るのではなくて、その場その場の発想を大事にしていくタイプなのではないだろうか。書きながら考えるタイプ。タイプとか言って全然違ってたらゴメンナサイ。そもそも演劇の脚本をどうやって書くのかなんて何にも知らないのです。

ゆうかりんの衣装は単刀直入にエロすぎ。単刀を直入するという表現がいやらしく聞こえるくらいにエロすぎる。夜道にゆうかりんとか、いけないことしか思いつかない。絶対領域はフィールドとなって近づきがたい。いやむしろ近くで見たい。

(Z) 絶対領域で
(Y) ゆうかりんヲタが
(X) 倍に

だいたいあの衣装は誰が考えたの?…そんなの当て書きした塩田さんに決まってるでしょ!塩田さん!塩田さん!次もお願いします…。

塩田さんは確かゆうかりんをヒョウの子どもに例えていた。今はかわいいけど大きくなったら怖くなる、という意味かと思っていたけど、大きくなったらますますかわいくなってやんの。

ペラ紙のパンフで塩田さんが言っていた「一瞬の永遠」の法則、これが全く現場の心象と一緒。タイガーでガン見していたときよりも、ジャンプした一瞬の向こうに見えた鬱栞菜の表情がのちのち深く思い返されることはよくある。美女木で言えば車を止めたヒロに「一瞬の永遠」を見たのでしょうか。その「なんだかわからんきもち」、なんだかわからんままに、すでに共有しております。

乃里子は父を求めた。ヒロは母を求めずに自分が母になる。おじさんたちには同じ年頃の娘はみんな同じに見えても、なんだかこの先に避けられない分かれ道があることだけは予感しているように思われて…。

それにしてもバカヒロはいつもバカだなぁ。世界のバカヒロ、30代はずっとバカ。

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2008年04月24日

「Berryz工房 起立!礼!着席!」#212(2008/4/22)


千奈美と梨沙子、ハチと夢の話が鮮やかな対照を見せる。

昔話「夢買い長者」やその類話では、ハチは体内に入ってきて夢を見せる。ハチと夢はなぜだか結びつく。それを寝るキューでやると夢オチになってしまうわけだけど。パーカーの中にハチが入っていたという千奈美の話はそんな物語世界の入口まで差しかかったところで、夢を見ることなく千奈美はハチを殺す。文芸作品、特に古典に見るハチは必ずしも悪者が多いというわけでもないように思う。

パーカーを捨ててしまったことに対して梨沙子は「また洗濯すればいいじゃん!」と驚きを隠さない。当たり前のようにハチのついた服を捨てる千奈美とありえないという反応を見せる梨沙子。ここにはひとえにケガレ意識の差が見られる。千奈美にとってはハチが服につくことでそこには落としがたいケガレが残る。それは物理的に不衛生だという問題ではなく、ケガレがついたという「意識」であるから洗濯しても落とせない。一方梨沙子はそれほどまでにはケガレ意識が強くはなく、それよりも服を捨てることへの抵抗感、もったいなさが勝っている。

単に二人の意識の差にすぎないとも思われるが、古く日本には一定の地域社会において共通するケガレ意識というものが存在していた。今やそれが全く消滅したのか、それとも深層にあって何かの拍子に姿を現すのかはわからないが、千奈美の話に出てくるぐらい身近なところに隠れているものだと思う。服についたのがハチではなくゴキブリだったら自分も考える。

見てわかる汚れとは関係のない、これが深く意識に関わる問題だということは、実際には千奈美の部屋は乱雑で(キャプ談)、梨沙子の部屋はイラストから推測するにはそれほどでもなさそうであることからも裏付けられる。千奈美がそんなにきれい好きなら、せめて足の踏み場があるくらいには部屋を片付けているはず。

あるいはそのような意味がないとすれば、これはWスタンバイを思わせる徳さんの熊井ちゃんいじめにしか聞こえない。クマはいやだねぇ〜クマは。ク・マ・ン・バ・チ!ゴキブリシュー!

千奈美の代わりに梨沙子は夢を見た。さすが梨沙子は夢まできれい。

「目開けたら青い蝶がたくさん飛んでて、うわぁ!めっちゃキレイ!とかいって終わったの」

risakoblue.jpg

森の中もお花の匂いがしてる

めっちゃキレイな青い蝶とおんなじ青い服の梨沙子。その服は透き通っているようにも見える。話の筋もオチもなくただただきれい。夢の中でも寝ている梨沙子。電車に乗っても眠って倒れる梨沙子。夢、夢、夢の中…どんな夢を描いているのでしょう。

ここで注目すべきイラストには極めて梨沙子的な手法が見られる。花の上で寝ている姿は自らを俯瞰的に見下ろす目線。それに対して両端から伸びている木、これは実際に梨沙子が夢で見た、花の上で仰向けに寝ながら見た景色だと思う。木が斜めになっているのは、空を覆うように伸びている枝ぶりを表現していると思われる。

つまりはこの絵には、起きた梨沙子が夢を思い返す視線と、夢の中の梨沙子が見た視線とが一枚の中に混在しているのだ。それは芸術様式でいうところのキュービズムというものであるらしい。いつも他とはちょっと変わったものの見方をする梨沙子らしい複数の視点。心の中を見ているみたい。
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2008年04月18日

「Berryz工房 起立!礼!着席!」#211(2008/4/15)


「174とか5とかぁ…」

友理奈はいつもはっきりと言わない。何事も説明書を読んではっきりさせないと気が済まないのに、身長だけは「ぐらい」とか「行ったり来たり」とかあいまいな表現に終始する。

確かに身長は一日のうちでもわずかに変化するから、どの時間帯に測るかによって数字も違ってくるけど、熊井ちゃんの言うところはたぶんそういうことではなく、あるいはそれにかこつけて、1ミリでも低い可能性を残しておきたい熊心。そんな心情を察すればこそ、悲しいかな熊井ちゃんは明らかに175を越えている。

メンバーが熊井ちゃんの身長に触れるときはいつも「カッコいい」「モデルみたい」「足長い」とほめちぎるけど、ほめたらよけいに伸びてしまう。伸びてうれしいことばかりじゃないのは誰よりも熊井ちゃんが痛いほど知っている。

「身長ちなみに何pですか?」

これも年長にしてキャプテンだからこそ気軽に聞けるものの、とても一介のなかさき風情が話のついでに持ち出せるような質問ではない。

「まだ年齢が低いから、そういうこと言ってくれるけど、もう言ってくれなくなるから…」

熊井ちゃんが弟に思うのと同じことを、僕も熊井ちゃんに思っているんだよ。まだ中学生だからエンジョイとか言ってくれるけど…。それでもついこないだダンボールで滑っていたと思った熊井ちゃんが中3とか。って去年も全く同じことを言ってた。「早送りの反対ってなんて言うの?」とか聞いてる熊井ちゃんはかわいい。身長なんていくら伸びてもいい。限度はあるけどすでに越えた。その代わり中身はそのままで、いつまでもぐさんしゃいんで突拍子のない熊井ちゃんでいてください。熊井友理奈のKYは「空気読めない」じゃなくて「読まない」。空気なんて読まない、それが熊井ちゃんのいいところ。

今週はやけに短いなぁと思って確認してみたら、冒頭K太郎のアナウンスを含めた手元の計測による放送時間は9分01秒。熊井ちゃん奇跡すぎる。

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2008年04月03日

2008/3/31「おはスタ」きらりSP!超人気アイドルユニット登場


きらり「今日はさっそくスペシャルゲストが来ています。えっと、あたしの事務所の先輩でもあってスーパーアイドルユニット!だけどおはスタは初登場なんだ」

ゲスト?ユニット?おはスタ初登場?それって…もしかして…Milky?Way?きっか?さぁや?

なーさん「ナ!ナ!」
きらり「それでは紹介します!この二人で〜す!」

ナ!ナ!テンション上がるわねー!きっか!きっか!ぼくの8期オーデ合格!

「おーはーっ!SHIPSの宙人と!星司です!」

ほげー…。

リアル男子。イケメンっていっても親友がカメとかねぇ…。まぁ僕の親友は寝るキューのDVDですけど。

実写なのにアテレコとか、これはアニメと実写の境界を飛び越えようとする実験的な何かの試みかと思ったら、声を当ててないきらりの声は花粉かカゼか枯れ気味で、要はあまりに聞くに耐えないところを後からアテレコしただけなのね。

一応声優なんだから声は大事にね。その前に歌手なんだし。ソロのアイドルでは敵なしだと思ってるんだから。
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2008年03月29日

Dohhh UP!「ハロプロエッグデリバリーステーション!03」


ゆうかりんのスパッツチラ率の異常な高さ。2階からでもはっきりと確認できていたのが、改めて客席レベルの映像で見るとなおさら。

スカートの丈を長くするという選択はなかったのだろうか。それはとりもなおさずゆうかりんの成長の早さを見せつけるようだ。

胸はあまりにもわかりやすく、体の伸びるスピードに、衣装も僕も追いついていない。ただ一つ変わりないあの声すらも、明日にはもう変わっているかもしれないというのに。
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