2012年11月25日

神聖なるshe


手毬唄のバックダンスに研修生。この曲の存在意義を常々疑問に感じていたが今日ほど感謝したい日はない。録り直すならどう考えてもこれよりめぐ恋。だけどれなこがこうしてステージに立てるのならそれはどぅーでもいいことだ。我慢したり遠慮したり大人になった気がするよ!

娘。コンの例にならえば1曲のみの参加となるところ、しかしこれで終わりではなかった。タオル曲で大きなフラッグを掲げたさゆれなが再登場。もうこの時点で娘。コンにおける研修生の出演頻度を上回っている。文字通りの旗振り役となるれなこ。途中、フラッグがからまる場面も冷静に対処。だいじょうぶです。

アンコールの℃-uteコールを挟んでの「JUMP」。「JUMP JUMP JUMP JUMP 高く〜」って2階まで!岡井ちゃんが階段を昇ってくる!愛理ヲタの幼女に爆レス、こちらには目もくれず。でもこんな近く君が踊ってる。コンサート中、それも曲中のメンバーをこれほど間近に見たことなんて記憶になかった。明るい髪の色をなぜかよく覚えている。そう言えば舞美と二人のLALALAでは「自慢のこの黒い髪」で自分ではなく隣の舞美を指していた。元は愛理のこのパート、「悲しきヘブン」のツインボーカルといい、「踊ってみた」で注目された岡井ちゃんが歌で前へ出ていることがうれしいしもっと前へも出れるはず。そんな思いを込めながら見送った岡井ちゃんの背中、ステージに目を移すといつの間にかれなこが!スッペの「スッ!」ぐらいに研修生の入りには注意していたというのになんたる不覚。ハロコンみたいにその他大勢の一人ではなく、その他二人の一人として。会場の熱気のせいか涼しい顔の先ほどよりも表情が緩んで笑顔が見える。その後愛理から聞いたのは一緒に「しょい!」をやったらうれしくて泣いてしまった小川ちゃん。「GirlsNews」のレッスン風景で涙を拭くれなこがいた。あんな天然ど真ん中のれなこでも泣くことがあるのだと知らなかった。そして今日、うれしい涙を初めて知れた。おつかれなこ!がんばれなこ!気合を入れたらもう℃-ute。思えば℃-uteとエッグとは決して遠くない関係にあった。その分だけコンサートへの関わり方が娘。コンより少し深い(りこりこ誕生日!)。見慣れた「JUMP」のフリをれなこが踊る新鮮さに目を奪われるのも束の間、今度は反対側から舞美が!コンサート中の舞美とか(汗)!JUMP中の舞美とか(汗)!もうどっちを見ればいいんだよ(汗)。楽しいを全身と汗で表現して、汗だるまいみぃ、汗とともに去りぬ。ハロプロ汗クイーンを夏になったらハロチャンで。対戦相手はふくちゃんで。ステージ上には愛理と研修生だけだったので、なっきぃとまいまいは1階に遊撃していたようだ。やがてステージで7人そろう研℃生。7人がそろうとはどういうことか。代わりはいないということだ。研修生の代わりに℃-uteの誰かが出ることがないということだ。℃-uteの誰かが代わるならそこに℃-uteはいなくなってしまうから。パスケースに自分たちじゃないララピピの写真は入らないということだ。そして寝る子の再演がいつでも可能になることである。神聖なる夏休み、神聖なる別荘の神聖なる鏡の部屋。神聖なるクヌギの林の裏には神聖なるスズメバチがいて…。お母さんがカリスマ占い師でおなじみの神聖なる茅奈が持ってくるのは神聖なる浮き輪と神聖なるペンタグラム。ただし神聖なる遅刻をしている模様。冬の夜更けの寒空に神聖なるおっさんたちと神聖なる思い出たちが交錯(工作)する。生きることの陰を匂わすイシゾー役には演技派の呼び声高い高木紗友希、いろいろな意味で存在感が問われるハトミカ役には決して目立たないわけじゃない、まだ見つかっていないだけ!のれなこを迎えてお送りする「神聖なる寝る子は℃-ute」鋭意妄想中です!一つだけネタばらしをすれば客席への飛び入りサプライズ、あれこそは会場を一体となす巨大なsheを描いていることにお気付きだろうか。鏡の前で行う儀式。上手と下手それぞれからの周回で逆回転をも再現している。ステンドグラスの向うには季節外れの黒い浴衣の女の子。なによりもペンタグラムが星の形であることに空へ昇った面影を見てちぎれるほどに手を振りたくなる。
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2012年08月29日

今から間に合う夏休みの工作


劇団ゲキハロ第2回「寝る子は℃-ute」が感動の幕を閉じてから早5年、ペットボトルを半分に切る(だけの)あのアイスペールを上回る工作が現れた!

「ハンガーをガッと開いてネットをつけてお風呂のゴミ取り!」(竹内朱莉)

2012/8/29「帰ってきた!生スマ!〜ハッシュドポテトは#smileage〜」

なるほどシンプルを極めてはいるが、所要1分を切るアイスペールに比べれば時間がかかってしまいそう。そこで竹内はこれを毎年提出するのだ!よって2年目からの作業時間はゼロ!いらないハンガーを再利用してお風呂のゴミまですくえちゃう!しかも作品まるごとリサイクル!環境に優しい!あたしらに優しい!そんなチャラいもの提出したら落第になるよ!と言いたいところ、同じものでも先生は毎年変わるから今日までバレてな〜い!
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2011年06月20日

なかなか起きられない朝も


2011/6/18【「菊地と林のアイドルパンチ!」(ゲスト:梅田えりか/栞菜)】神保町花月

ちょっと昔にはできなかったきわどい話、といってもまだまだアイドルでいられるきわどさ。正反対だけどなぜかぴったりくる、ふたりはMとSくらいの。

ぽっかり空いた一人分。期待しちゃって眠れなくって二度寝しちゃったみたい。大慌てでパスモを持ってサンダル履いて。普段も自転車通勤かな?梅さんがあまりにも通ベクすぎて窓の外がなんか微妙、雨まで降ってくる始末。

いろいろあったけど生涯つきあえる友達を見つけたのだから二人にとってこれ以上のことはないと思う。5人に付け入る隙はなく、2人はもとより隙がない。5人と2人の只中に今は言えない隙間があってもそれは言ってもしかたのないことかもしれない。

だけど寝坊して遅刻した梅さんにこれだけは言っておきたい。寝る子は…キュートだなっ!千秋楽のめぐ恋なんか今見ても震えがくる。栞菜が泣きながら踊ってんだぜ栞菜が。それはそれは美しく、忘れはしても捨てないでほしい。ていうか忘れんな!7人でワンモアタイム願います!しつこく願います!いつまでも願います!叶うまで願います!ちょうどそういう季節だし、字面だけでも確認しておきたい(勝手に)。ハンドタオルの方必携!


劇団ゲキハロ第21回公演「大人の寝る子は℃-ute」

出演:℃-ute/初演時のみなさま(ゲスト:梅田えりか/栞菜)

あれから十数年、子どもたちは頼れる大人に、大人たちはまあそれなりに。時の流れは無常なものであの別荘がついに取り壊されるという話。そう、タバコの不始末を必死でごまかしたあの別荘です。そこで別れを惜しむべく当時のメンバーで集まることになりました。夏休みはあそぼーっ!とね。

仕事先の海外から駆けつけるのはイシゾーさん。どうやら飛行機が遅れているみたいで、彩さんが連絡をとってくれています。「イシゾー今どこ?」「ノリマツ、タイだよ!タイ!」

集合の時間、茅奈だけ2時間早くしておいたのに遅れてるってどういうこと?結婚を控えた麻由はイライラ。茅奈のためにつくっておいたグァバジュースをがぶ飲みです。ミカはもう昨日から来て、次の日カレーの仕込をしているというのに。

来夏はすっかり「たのばる」が口癖の素敵な女性に。一度寝たら起きないのは変わっていませんけどね。最後だから掃除をするんだって張り切ってバケツを持って部屋から部屋へ忙しそう。なんだか来夏らしいね。

そういえばあの部屋には…いたいた、待ちくたびれた黒い浴衣の女の子。鏡の向うで鋭い目つきが語ります。

「私がオバさんになったら、あなたは…?」

え?私?それはもうみなさんおわかりですよね?きゅふ!
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2010年07月07日

あったよ


ノリマツ「空に帰れたのかなぁ…夏美さん」
イシゾー「帰れたでしょ」

司「あったよー川!川あったよー!」
茅奈「司…誰に何話してんの?」

司「ほら、今年も夏美さんが渡ってくる天の川あったよー!」


「あとで見に行こう」と言った星空を、今日見に行こう。雲の上で星がらんらんと輝く夜に夏美さんはまた舞台に降りてくるのです。
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2010年07月03日

茅奈の宅急便


千聖は、二つの荷物を持ってお仕事に向かいました…歩くのはかなり大変で…
階段とかもめっちゃきついし

ご指定いただいた時間より30分〜2時間ほどの遅れが生じます。
本当に申し訳ございませんでした(ρ°∩°)
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2010年06月26日

寝る子は中途


塩田さんが忙しいからたまたま脚本という形になっていないだけで、寝る子は今も続いてる。ほら、アイドルを目指していたイシゾーっていたでしょ?あいつの事務所が決まったんだって。結局ノリマツとは別の道を選んだらしい。え?その前に同じグループにいたろって?それは有原のほうの栞菜でしょ。こっちは有原じゃないほうの栞菜。ほうほう言ってんじゃないわよ。ハトミカとよく会ってるのは公然の秘密だから。

司ちゃんは来夏と一緒に旅行に行ったり、麻由はケネディじゃない犬を飼ってたり。そうそう、冒頭の茅奈が遅れてくるシーンで麻由がケータイかけてるけど、本当は33回かけ直してもつながらないって司が言ってた。ところで最近チョウさんの行方がわからなくてちょっと心配なんだよね。
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そ知らぬ天井


ノリマツ「うわぁ〜天井だ〜!」
イシゾー「落ち着くな〜」

(ルーム長の城を提供されて安堵の一言を漏らす使用人たち)

天井があって落ち着くというのは野宿をしたことがある者の発想だと体験者は思うのですが、お前らってばどこでそんな。同じ釜の次の日カレーを食った仲、同じ天井を見上げることがまたあることを願います。
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2010年06月16日

眠る子らの季節


三年という時間は長い。アイドルが生まれて生きて死ぬ時間。そしてまた生き返るかもしれない時間。風の中のきみはまるでなにも変わらないでおかえり。太陽は何度も夢を見る。眠っていてもいなくても。三年前に始まった、一生忘れない季節。
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2010年06月05日

星の空から


はぎまいの愛犬がマロンとショコラということにどうしても違和感を隠せない寝る子ヲタ。どうもこうもないっすよケネディ。あぁそっか、ケネディはもう…。
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寝る子はルーズ


岡井ちゃんが時間にルーズだという話は、ことによると茅奈(カリスマ占い師の娘)の人物像を形成するにあたっても影響を与えていたのかもしれない。
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2010年01月10日

黒服禁忌


福田「あ、ハチ!」

bee attack.JPG

ゆうかりぃぃぃん!その衣装脱がなきゃぁぁぁぁぁ!
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2009年04月23日

見る子はキュート

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2009年04月19日

売り子はキュート


「また寝るキューやってください!」

梅さんと舞美にはそう伝えられたものの、あとはもう口が回らなかったので「がんばって」に切り替えた。自分ががんばれというのはとりあえず置いておくとして、今までにこんなに落ち着いて「がんばって」と言えたことはなかった。手を握った記憶は一切ない(たぶん握っていたけど)。ただ表情を見つめてた。なっきぃはあとから思い返せばキュフフとしか言いようのない微笑みをくれ、チッサーはちょっと恥ずかしそうにはにかんでくれた。愛理には「ノリマツ…」と言いかけてやっぱり「がんばって」としか言えない。まいまいは最初は泳いでいた目線をしっかりと合わせてくれた。これまでキョドる自分に浴びせていた刺すような目線でなく、お姉ちゃんを心配する優しい目だった。そしてかんにゃがプイせずにっこりしてくれる。目を細めているので視線が合っていたのかはわからない。かんにゃは無言だったけど目と目で通じ合った。

ノリマツ「ううん、私たちがんばってるんじゃないの。たのばってるの」

そうだ!がんばれじゃダメなんだ!たのばれって言わなきゃ!2回目は「たのばって!」の7連呼。レスとかは特に期待してない。でも最後のかんにゃだけには「はいがんばります」って棒読みで返事されて、なんかもうかわいくてしょうがなかった。僕なんて見なくていいから、がんばれなくなったらたのばって悪意の前で歌うんだよかんにゃ!東京厚生の最前は遠い。でも最前とステージの間にあるあの空間で善意と悪意がせめぎ合うのかと思ったら、あれでも足りないような気がした。

ロビーへと続く通路には塩田さんをはじめとして今回出演しなかった役者のみなさんも駆け付けてくれていた。ルーム長が「ありがとうございました!」って直角に頭を下げてくださっているのに、それにきちんとお返ししたかもわからないまま面識のないミヤブーに話しかけちゃったりして、土屋さんをちょっと引かせてしまったり。バカヒロにも話しかけちゃったり。勢いで話しかけて勢いで去っていく。何を話したのかもよくわからないままその場を離れようとしていた。しかしそのとき、まだ誰も、塩田さんの隣に見知った人影があることを知らなかった…。

長谷川くん見つけたぁぁぁぁぁぁぁ!!

僕はチョウさんのように驚きあわてふためき、内田さんは夏美のように優しい目で諭す。内田さん!僕…内田さんにステージにいてほしかったよ!桃子よりも舞美よりも当然ながら強い力でガッチリ握手してくれて、自分はただ℃-uteとの握手より緊張してるだけで、こっちから手を差し出しておきながら握り返せず言葉も返せずなんだか気恥ずかしかった。

オトムギじゃないのに来てくれるっていうのは、寝るキューだから来てくれるってことだ。本当にあの世界がもう一度作られていく。名作というものはこうやって名作になっていくんだという、まさにその過程を見ている思いだった。
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2008年12月22日

夢のつづきを見たよ〜真冬の寝る子は℃-ute〜


俺は今モーレツに感動している!

ベタだけどそんなセリフを言わずにいられない。普通に考えたら「携帯小説家」だろう。―あれから3年後、キヨカの小説がとある新人賞の佳作に入選。ついにキヨカが作家デビューをすることになったのです。そこでお礼を兼ねてみんなで吉原先生のお屋敷に報告に行くことに。待ち合わせの場所にやって来た6人。ところがいつまで経っても肝心のキヨカが現れない。

「キヨカさん、どうしたんだろう?」

彩音が連絡してみようとケータイを取り出した…

その時だった!
ピロリロリ〜ン♪

これが普通の展開でしょ!なのに何の断りもなくいきなりあのピアノの音色。知らない人は知らないのに。「お前らこれぐらい知ってんだろ。知らなきゃDVD買えよ」っていうその姿勢がFCイベント。まさしくファンのためのヲタのためのイベントです。もちろんヲタなのでうれしいです。思えば物販で寝るキューのDVDを見たときに察していてもいいはずなのに、「余ってるのかなぁ」ぐらいにしか思わなかった自分にはいドンマイ。

でもフラッシュバックっていうのかな。もう瞬間で、グワッと世界に入った。1回目は何があるのかわからない期待でワクワクしていて、2回目はあの世界にまた浸れる期待でドキドキしてた。およそすべてのワクドキがあの会場に詰まってた。

司のポエムっぽい季節のあいさつや「たのばる」といった言葉から脚本が塩田さんであることはわかった。寝る子のセリフが散りばめられていたのを耳にするたびに劇場で聞いた感覚がよみがえって、それはまたDVDを見るのとは全く違う感覚で、それこそいくつも流れ星を見ているように懐かしいセリフたちがキラキラしてた。そういうのがなくても、セリフ回しがなんとなく塩田さんっぽいなってわかる。続編だったせいもあるのか、これはもうなんとなくとしか言えなくて、強いて覚えているのをあげれるとすれば

ノリマツ「ルーム長、今日カッコいい!」
イシゾー「のはなんで?」

とかなんです。登場人物が少なかった分、塩田さんの世界っていうのが少し強く出ていたのかもしれない。とりわけノリマツとイシゾーの夕焼けの話は、物語の要諦につながっていくエピソードでもあり、塩田さんのブログを読んでいるようでもあった。東京の空は汚いけど、夕焼けは田舎よりもドラマチックだと。チリやホコリや不純物がきれいな夕焼けを生むのだと。

田舎のきれいな夕焼けをあんまり見たことがなくてもこれはわかる気がした。都会には邪魔なものがいっぱいあって影が余計にできるから夕焼けが美しいのだと思った。東京の帰り道にきれいな夕焼けを写そうと思えばたいてい建物が入り込む。もっとよく見える場所を探してゆうかりんは全力でペダルをこいだりする。でもそのとき写った建物のシルエットがもうそのまま作品になっている。それは夕焼けのオレンジを引き立てるための影であったり、シルエットが織り成す造形の妙であったりして。たとえ夕日が消えていても、全力ペダルのゆうかりんは美しい。

「チリやホコリ」を「涙」に置きかえれば「涙の色」のPVそのまま。都会の夕焼けに影を作るビル。涙があるからきれいになれる。東京に空がないなら田舎には影がない。

急に話の方向性が変わっちゃうので元に戻すと、逆に塩田さんじゃなかったらちょっとやだなと思ってた。「脚本は塩田さんが書いたんですか?」ってあとで聞いてみたら「ダメですか?」と聞き返されてしまった。ダメです!塩田さんじゃなきゃダメです!まいまいの成長ぶりは誰もがわかるほどに目覚ましい。しかしそれは「背が伸びた」という身体的な成長であって、もちろんそれは喜ばしいことなのだけれど、内面的な成長までは容易にうかがい知れないところを、麻由の心境を描くことによってなぞってみようとしてみる。こんなの℃-uteが大好きな人じゃないと絶対書けないじゃないですか。

前回のレコ大楽屋映像といい、アドレナリンの世界に飛び立つくらいにキューティーランドは侮れない。2回目がもっと楽しいものの存在をまたまた知ったよ!

夜になっても新宿は暖かくて、もうすぐ夏が来る日のようでした。これ以上の日はあるのか不安で明日になるのが怖くなる。思い出が積もりすぎても生きていくのがつらい。あの会場は思い出がいっぱいすぎる。見えないものが見えすぎる。ここは思い出を少しずつ切り崩していくための場所です。兎にも角にも明日は来るという現実。

どうして目を閉じるとまた浮かんでる気がするの?

(Z)ずっと見たいよ
(Y)夢のつづきの
(X)X’mas


(参考)「夕日の代わりに…」2008/5/17『Hi!ゆうか放送局です。』

それはひとつのコメントから始まった…。名無しさんのおかげで、ずっと見たかった夢のつづきが倍になりました。ありがとうございます。あんなに強くすすめてくれた理由がわかったし、僕のためを思ってくれたことがうれしくてうれしくてうれしかったです。

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2008年07月05日

忘れたくない夏の流れゆく時間


こないだ都内某駅改札で偶然、岡井千聖さんに会いました。「あ!こんにちはぁっ」と元気に挨拶してくれて、嬉しかったな

『塩田泰造のムギムギデイズ』2008/7/4「夏の流れ」

何その駅前の大ハプニング。塩田さんの偶然力がすごい。いいなぁ、僕も偶然千聖と会ってみたい(でも物陰から這って出てくるのはカンベンね)。絶対向こうからこんにちはなんて言ってくれないし、こっちから言うのもなんか悪いし、いつも追いかけてばかりだからすれ違ったりはしないんだね。

深夜に突然寝るキューが見たくなる、そんな季節ですよね。これに限らず塩田さんが自分の作品を見て感動してしまうのは、塩田さんだけで作ったものではないということもありますが、作品がいい意味で一人歩きしてるからだと思います。長期連載のマンガとかよく絵が変わっていたりしますよね。作者に変えるという意識がなくても変わっていくものだそうです。そういうものはいい作品だと思います。これからもたぶん、思い出したように繰り返し見ることがあるでしょう。そう思える作品は、実は数えるほどしかありません。

塩田さんはどのシーンで涙ぐんだのでしょうか。やっぱり写真のあのシーンでしょうか。涙ぐむポイントも見るときによって変わってくることがあります。それは物語の変化ではなく自分の心境の変化のせいであると思いますが、そういう意味では作品自体が自分を映す水色の鏡なのです。

あのシーンは劇場でもDVDでも涙ぐむポイントではあったのですが、先日見たときには少しだけズレていました。℃-uteが歴史を重ねれば重ねるほど、タイムカプセルの音源そのままのあの声が浮かび上がってくるようなんです。寝るキューという物語の枠からは外れているかもしれませんが、℃-uteという物語の範疇にはあると思います。けっこう罪作りなことをしちゃったかもしれませんよ。

再演とか続編はいろいろと制約があると思うので難しいかもしれない。でも、℃-uteのPVを撮りたいと言っていたことはまだ忘れていません。いろんな人とつながっていく塩田さんの仕事を見ていると、世界の広さと狭さを思います。来年でもさ来年でも待っています。

あきらめたら、もったいないよね
―真野恵里菜
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2008年06月30日

6月の佳日に


6月も末のこの時期に流れ星といえば、梅雨空に昇っていく大人びた黒い浴衣をおいてない。夜の曇り空に黒い浴衣なんて見えないじゃんというなかれ。ちゃんと光るんだよ、アンティークの髪留めが(あと涙が)。

目の前に流れ星が!何をお願いしますか?

℃-uteみんながおばーちゃんになっても仲よしでありますように、、、

ポケットモーニング娘。「アーティストQ&A(有原栞菜)」2008/6/26

オバさんになったその先までも。舞美はちゃんと覚えているのか。まいまいはハロプロを牛耳ったあとどうしているのか。岡井家は何人になっているというのか。なかさきと熊井ちゃんの仲は…。これを見届けるまでは死ねない。止まらない℃-uteの未来と将来。でもどうせみんな結婚して幸せになっちゃうんでしょ。いいよ、そのたびに夏美ちゃんに会いに行くから。

一年前に流れ星を見たときには、誰にお願いするともなくノリマツとイシゾーが夢を語っていた。星に願いを、夏美に夢を。ポニーテールに夢がのる。あのとき空から聞いていたから、夢の続きが叶ってる。去年より一つだけオバさんになった℃-ute。

千秋楽、演技と現実が逆転する瞬間が怖かった。演技のような現実、現実のような演技。めぐの声で現実を突きつけられた。

めぐ恋の半分ヤケになったみたいな弾ける勢いは℃-uteに襲われるようだった。あれは本当に℃-uteだったのか?ステージにいたのは℃-uteであることを忘れた℃-uteであったのかもしれない。状況があまりに特殊すぎたけど、このときを越えるめぐ恋にはまだ出会っていない。
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2008年02月27日

来夏のバケツの水


来夏ならボヤを消すバケツの水。

怒って投げつけたバケツはミヤブーに拾われて、鏡を拭くチョウさんが使っているように見える。見送りに行けなかった来夏から夏美へのはなむけのバケツ。火を消す水は鏡を拭く水へと。交わらないはずの一人二役における唯一の間接的な接触。あの家に夏美の面影をとどめるものはあの鏡しかないから。

夏美の音はスズメバチの羽音に続く風鈴の音色。あれは若い命が玉と散る音だった。星になって応援してるけど。
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2008年02月13日

曖昧と舞美の間で


矢島「去年初めて舞台に挑戦したんですけど、演じているときに役に入り込んでいって、いつもの私じゃないような感じがして、それが楽しかったんですよ」

「週刊ファミ通」2008/2/22・29合併号(No.1001)

「私じゃない」は良平ちゃん。「いつもの私じゃない」と言う舞美はあのとき舞美でなく何になっていたというのか。演じている主体と演じられている客体の溶解、融合、同一化。演じる者しか体感できないプレイヤーズ・ハイとも言うようなもの。矢島舞美は夏美と、来夏と同一のものとなっていた。

更に言うなら(言えるなら)その前提としてオンとオフがあるはずの矢島舞美もその区別はなくなっていた。「小春/きらり」の関係にも見られる、演技者としてのアイドルがさらに役を演じるメタな構造のうち、最初の演技部分が捨象される。

アイドルが演じるものであるならば、そこにはまだ舞美が夏美を演じるという構造が見なされつつ、アイドルが演じるものでないならば、舞美は舞美を演じることなく、夏美を演じている舞美はある意味本当にアイドル(偶像、実体のないもの)になっていたのかもしれない。そう思うと一人二役というのはなんと演じ難いものだろうか。舞美に役が降りてきたり、役に舞美が降りてきたり。それを「神がかる」と言っていた。

茅奈「あなたは誰?どこから来たの?」
夏美「………どこだっけかなぁ…?」

そこには、人間としての舞美もアイドルとしての舞美も存在はせず、ひとり夏美だけがいた。と、「あのとき舞台に立っていたのは誰だったのか?」に少しでも近づけたつもりで。

それは舞台に立つ側からすれば楽しくもあるだろうし、舞台を見る側からすれば演じることへの、演じることによって何かが失われるような気がすることへの恐ろしさでもあり、結局のところそれが寝るキューで見つけた一番得がたいものだったような気がする。

もっとも、舞美は普段から本人は意識することなく、まるで複数の人格があるみたいな、一人の人間の中にある主体と客体のすれ違いを見せてくれていた。

梅田「そういえば、誰か敷き紙まで食べたよね?」
矢島「誰だっけ?」
梅田「舞美だよ!(笑)」

「kindai」2008年3月号

敷き紙を食べた舞美と「誰だっけ?」と言った舞美は別人であるかのように。ものごとを忘れるということは、それだけ多くの人格があることかもしれない。「使い分ける」というと意図的なニュアンスが生じるので、多くの人格が立ち上がって更新される、現れては消える、というか。人格、というのもおおいに語弊がありそうだ。

「kindai」のこの記事に与えられたタイトルが「memoire」(記憶)なのも見過ごすことはできない。記憶とはかくも曖昧であるということを舞美は示している。あからさまに極端な形で。

さっきまで覚えていた舞美ともう忘れた舞美、あるいはもともと覚えていなかった舞美。そのどれもが矢島舞美であることは間違いないのだけど、ひとたび役に入り込むと、矢島舞美そのものがなんだったっけ?とわからなくなる。

「………どこだっけかなぁ…」に加えて、神崎の名を聞いても反応せず、自らの死を自覚していない、果ては「言っても仕方ないことは、言っても仕方ないことだよ」に象徴される夏美の執着のなさは、こだわりを持たない舞美へと通じるものでもある。そこに見るのは、舞美が役作りをして夏美になるという順序とは逆の、確実な存在であるはずの矢島舞美が曖昧な存在の(役にすぎないはずの、また役の上でも曖昧な存在であるところの)夏美によって曖昧にされてゆくという不思議。その怖さ。

役を演じることがあれば、役に演じられることもあるのだろうか。このセリフは夏美にしゃべらされているという感覚。「いつもの私じゃない」という言葉にそんな深意を読んでみる。「なつミ」の「ミ」に込められていたはずの、名付け親が意図した願いをはるかに越え、ことによると舞美の「美」こそ夏美の「美」に由来するのではないかという倒錯に陥る。

舞美が夏美になったと思えば夏美は来夏になったりもし、来夏はまた舞美にもなる。それは三人称単数女性の格変化にも例えられようか。舞美と夏美と来夏の間を揺れ動いてさまよいながら、全ては同じひとつであるはずなのに、どれでもないような不同一感。

麻由「なんでおんなじだったり、違かったりすんの!」
司「なんでなのかは私にもよくわからないんだよね」


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2008年02月02日

2008/1/30 【大人の麦茶 第十三杯目公演「サバンナチャンス」】 下北沢・本多劇場


寝るキューしか見ていなければミヤブーは永遠にミヤブーでルーム長は永遠にルーム長のままだけど、違う役を演じる姿を見れたことで初めて土屋さんの演技を、池田さんの演技を見たような気がした。

それで気付いたのは、一番気になる好きになる役者は中神一保さんだということです。塩田さんいわく、「ダメ人間」が続いたなかでの今回の「天才」(バカヒロ、絵うまいね!)という振り幅の大きい役柄にあって、例えるなら藤子不二雄の描線のような、どちらにも力強い優しさを感じました。

役を演じている中神さんと、演じていない中神さんでは何が違うんでしょうね。演じるということはアイドルにも通じているように思われて、演劇プロパーの方から見ればそんなふうに言われるのは快くないとは思いますが、始まって10分くらい、僕は「演じる」ことの怖さをばかり思っていました。しかしそれは自分で演じているわけでもなく演じたことがあるわけでもないことを考えれば、「演じられる」ことへの怖さだったのかもしれません。

「夏休みはあそぼーっ!」も好きだけどそれはバカヒロのベストワードだとするならば、好きなセリフはもう一つある。チョウさんが夏美の手をとって星を観に連れて行く場面。そのあたりちょっと注意してこのシーンもう一回見てみようじゃないかっ!

チョウさんと夏美が通りすぎたあと…

則松(良)「こらえるんだバカヒロ」
神崎(若)「だ…誰がバカヒロだ!(泣)」

普段はバカヒロと呼ばれてバカやっていても、本当はバカって言われたくはなかったんだね。バカだからバカヒロと呼ばれていたのが、いつの間にかバカヒロと呼ばれるからバカをするようになっていたのかも。でもここで急に(バカヒロでなく)等身大の「若浩」が姿を見せたように感じさせてくれた、これが若浩のベストワード。

違う人格を演じているようで、演じ詰めるとその人自身が見えてくるようだった寝るキュー千秋楽。剥き出しの℃-uteを見ているような気がした。きっと中神さん本人も優しい方なんだと思う。そうなれば観る方のわがままを言わせてもらうと、悩み苦しむ役が見てみたい。

終わったあとの誰とも話したくないこの気持ち。目の前にある世界に目を閉じていたい。いつもアイドルを通して世界を見ているのだけど、劇場にあった世界とは、そこから出て目を閉じた世界とはなんだろう。それはやはり、現実離れしているという意味において現実を生きる糧となるのです。

ミヤブーの身体能力は本物!とか思ったらジャパンアクションクラブ養成所にいたんだとか。チャーンス(キラーン)てそれはみやむー。ペットボトルを両手に跳躍するミヤブーは、空母から空母へと飛び移る弐号機のようであったとか。

思えば寝るキューは℃-uteや℃-uteヲタにとってはもちろん、演者の方々にとっても他と違うという意味で特別なものだったかと思います。開場数時間前なのになぜか劇場前の一角を占め、普通は座らない場所には座り、立ってはいけないときには立ち、あまつさえ隙あらば踊り出そうとする集団。千秋楽も含め良くも悪くも、演劇を観に行っているはずの僕らが逆に見せてしまったものがたくさんあったと思います。「見る/見られる」の関係は時に逆転していたかもしれない。それを思えばサバチャンは演者が見せ観客が観るという当たり前の構図に安住できて、要するに寝るキューと比べるなんてことは無理です。

だから寝る子を求めて行ったわけじゃない。ただ純粋に塩田作品を見てみたかった。でも手をつなぐのだけは見逃しても、売店のドリンクメニューの方に「グァバ(¥300)」があったことは見逃さない。0円て書いとこうか。書いとこうか。



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2008年01月25日

名前に意味を

えー、天体図にもいろいろありまして…日本からはほとんど見えない南天に蜂座というのがある、いやあったそうです。ですがそれはすぐそばにカメレオン座があったことからハエ座と名を変えられたのです。もしも蜂座という名が今もまだあったならば、隣りのカメレオン座はかみのけ座があるくらいですから髪留め座とも呼ばれていたかもしれません。もちろんアンティークの。

星に例えるなら牽牛と織女。二人を分かつ天の川は水色の鏡か黄色いテープか。しかしチョウさんまで星にしてしまっては忍びないので、きっとあれから毎日夜空を眺めていたことにしましょう。星がたくさんありすぎてどの星になったのかはわからないから、あれかな?これかな?と探すのが高じてチョウさんは天文学者になるのでした。

そうしてやがて見つけた星に「ナツミ」と名付けるのです。その星は老年期である赤色巨星の一歩手前、人間でいえばそう、ちょうどオバさんくらいの年齢でしょうか。観測が終わると必ずちぎれるくらいに手を振るんだって。その場を離れるときには少し足を止めて、ちょっと後ろを振り返ってみるんだって。担いでいたあの大荷物は釣り竿じゃなくて天体望遠鏡だったとか。荷物はムダにたくさん持ってるわけじゃないとカリスマ占い師の娘さんもおっしゃっていましたし。

塩田さん!寝る子2の原案ができました。


【追記】(2008/1/29)

天文学とは
恋愛論の もうひとつの 呼び名なのです

寺山修司「愛の天文学」

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